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パイロットは操縦を知性体に任せると、後ろを見た。
質素なサファリ・スーツに身を包んだ女性が、腕につけた端末に触れている。
コンピューターを機械で操作するのは、はじめてだった。
「博士、どうですか。その身体は。」
「ええ、いい感じよ。とても。知覚が、この身体だけというのが、とても不思議な感覚。」
「…それならいいんですけどね。一応注意しておきますが、それは、死んだら、終わりですからね。」
「ええ、分かってます。」
「この星に来る人間は、良く間違えるんです。いつもと同じように回線と接続しようとして。」
「大丈夫。記憶と霊のバックアップは、とってあるから。死んでも問題ないわ。あ、でも観測結果はおじゃんになるかも知れないけれど。」
変な顔をするパイロットに、カホル博士は、子供っぽく微笑んでみせた。
「どうしたの?」
「私も、この星に長く居すぎたのかも知れません。」
「?」
前を向いて高度を下げながら、パイロットは言った。
「…トゥウェルプ・テラにようこそ。博士もきっと、なにか発見があると思いますよ。」
降りたところでは、村人達が総出で立っていた。
深々と頭を下げられて、とりあえず後ろにだれか居るのか、見てしまうカホル博士。
円盤が、音もなく浮かぶと、飛んで行った。村人の帽振れに答えて、笑って手を振るパイロット。
再び前を見ると、年老いた村長が帽子を取って口を開いていた。
「いらっしゃいませ、天界人様。」
「…お世話になります。…カホル・ヨウといいます…植物学者の。お祭りか何かだったんですか。」
「いえ、天界人様。あなたを見にきたのです。学校も、臨時休校しております。」
「…はあ。」
我ながら間抜けな反応だとカホルは思ったが、村長は真顔でしわぶかい目元を揺らした。
「どうかなさいましたか。お加減でも。」
「…いえ。いいところですね。桃の木ですか。」
「はい。我々は、葉を風呂に浮かべたり、子供の湿疹に葉をすりつぶしたものを使ったりします。あとは、果肉を火傷に貼るとか。」
「素敵です。…古代にあった知恵を、再発見したんですね。どうやって薬用成分を発見したんですか。」
「桃の周りには、カビが少なかったんで、もしやと思いましてな。わしのじい様の代です。」
「…」
「…どうしました。」
カホルは、目を閉じると頬を赤らめて、高まる心臓の鼓動の音をきいた。
「感動してしまいました。」
「天界の人が、ですか。」
「ねえ、ノイ。」
「…どうしたの。」
ウラル少年は、ぴょんぴょん跳ねながら言った。
「天界の人って、普通だね。あんまり面白くないや。」
「…タカツキくんは?」
「あいつ? 興味ないって。虫をとりに行ったよ。」
「ふぅん。」
「…ごめんなさい。私は植物学者で、あまり面白いことは知らないんです。」
村長は村人達を追い払いながら、まじまじとカホルを見た。
「ははぁ、そうかも知れませんな。私も天界人を三人くらい、まあ最後に見たのは50年ほど前ですが、ああ、いや、でも、今まで見たどんな天界人様より、カホル様の方が好ましいと思います。」
それは本音だった。天界人とくれば、好き勝手にするのが普通であったから。
これなら、村の娘達も、家の外に出してもいいかも知れない。
「…コロニーでは、面白くない奴と言われていたんですけれどね。」
長い髪を結びながら、カホルは、レジャー用の身体のか弱さに、つくづく呆れ果てた。
胸が大きすぎるのが、肩凝りになりそうだと考える。
「…早速ですけれど、調査をはじめてよろしいですか。」
「はい。誰かに、案内させましょう。」
「森に詳しい人がいいんですけれど。あ、それから、これ、医薬品です。」
「ありがとうございます。これで、数百人は死なずにすむでしょう。案内は…そうですな。」
カホルは、目があった少年に微笑みかけた。
微笑み返すウラル少年。その袖をひっぱるノイ。
カホルは腕を後ろに組んで身を乗り出すようにして、ウラル少年に視線の高さを同じくすると、隣りの少女ノイと等しく見て、また微笑んだ。
「あなた達、森に詳しい?」
「うん。お姉さん。毎日遊んでるんだ。」
「…ウラル君。」
「なに? ノイ。」
「理科の成績、あまり良くないでしょ。」
「え? 何か関係あるの?」
カホルは、子供たちを一気に好きになった。
天界では、百年は見せたことのない笑顔が、自然に出た。
「大丈夫。私も理科はね、植物以外全滅だったの。手伝ってくれないかな。君たち。」
村長が、帽子をもみくちゃにしながら口を開いた。
「カホル様。もっと別の奴もおります。森に詳しい者です。この子の父親とか。」
「あはは、あ、いえ、ごめんなさい。でも、経験から言うんですけど、子供の方が植物の事、よく知っていましてよ。私もう決めてしまいました。あ、もちろん、君たち次第だけれど。」
「こっちこっち。」
「はいはい。」
手を引かれながら、ノートを持って、カホルは森の小道を走った。
ずっと続く木漏れ日が、カホルの目を輝かせる。
森が途切れて、川が広がった。
川のせせらぎが、急に大きく聞こえる。
「この先にね、みんなの遊び場があるんだよ。」
ひょいひょいと川から顔を出した石の上を飛びながら、ウラル少年は言った。
立ち止まって、考えた後、微笑んで自分も試してみようと飛ぶカホル。
大きな音。
「先生。どうしたんですか。」
「ううん。」
そう言いながら、カホルは、川の中でへたり込んだまま、手で水をすくった。見る。
「冷たいのね。」
「そりゃそうだよ。また3月なんだもの。」
カホルは、あきれた顔のウラル少年を見て微笑んだ。
膝に手をあてて、力を込めながら、立ち上がる。
「よっこいしょ。あらら。」
「先生っ」
「大丈夫、大丈夫。あら。」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ。」
「ごめんなさい。」
ちょっと舌を出して、水浸しになったカホルは微笑んだ。
目をつぶって、水の音を聞き、おひさまの温かさを頬に感じる。
先生は子供っぽくてかわいいな。などとウラル少年は思って一人で照れた。
「先生、風邪引くよ。」
「ありがとう。カナン君。」
「ウラルでいいよ。」
「ありがとう、ウラルくん。」
さらにウラル少年は照れた。顔を赤くしてカホルを見上げる。
「火を、おこすね。…ちょっとまってて。薪を見つけてくる。」
背中に羽根が生えているんじゃないかしらと、カホルが思うほどの軽やかな足取りで、ウラル少年は走っていった。ずっと走りっぱなしのような気がする。
微笑んで、大きな岩に座ったままカホルは、おひさまを感じながら、涼しすぎる風を感じた。
膝を抱いて、考える。
「博士もきっと、なにか発見があると思いますよ…か。」
「先生。」
カホルは、目を大きくあけて顔をあげた。
「もう、戻ってきたの?」
「うん。友達にてつだってもらったんだ。」
「お前と友達になった覚えはないぞ。」
「なんだよ。」
ウラル少年とやりあう、虫取り網を持った少年は、タカツキというウラル少年より頭一つ大きいくらいの、黒髪の少年だった。
タカツキが、濡れたカホル博士を見る。濡れた前髪に何を思ったか、不機嫌そうな顔をする。
「…あなたは、昆虫採集?」
「は、はい!」
「私はね、植物採集なの。仲良くしてね。」
タカツキは、微笑まれて明らかにひるんだ。話に聞いた天界人とは、違う。
「タカツキ、手伝ってよ。」
「分かってるよ!」
「そう言えば、いいの? ウラルくん。」
「なにがですか?」
「ノイって娘。結局帰っちゃったけど。」
「べっつにー。最近ノイは、少し変なんだ。訳もなく怒るし。」
「…なんだよ、お前ノイを泣かせたのか?」
「なんで俺が泣かせるんだよ。向こうが勝手に怒るんだ。」
カホルは、にっこり笑った。
「私はノイさんの味方だな。」
「なんで。」
「なんとなく…」
視線を動かしたカホルにつられて、タカツキとウラルも、水面を見た。
トンボ。
「この近くに、水流が静かなところか、さもなければ湿地があるのね。」
「すげえ。…やっぱり天界人は、魔法使いなんだな。」
「そんなことないわ。ただ、知っているだけよ。ええと、タカツキくん。」
カホルは、風に揺られて言った。
「人間には分からないようでも、自然には、自然なりの規則があるの。なにかの役割があるのよ。」
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