植物学者カホルの発見
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06

「私はね、思うのよ。」
 火にあたって、あたたかいと感じながら、カホルは宇宙空間に浮かぶ自分の本体を思った。コロニーの中で、いつもと同じように仕事をしている、自分。
 生まれてから三百年、身体を替えて八回。自分にこんな感覚があるとは、思ってもいなかった。コピーを、この星に送るまで。

「人はなぜ、世代を重ねるのか。水素の心臓を地球に与えた根元種族は、本当に、我々が知的進化しないようにするために、死を、つくったのかと。」
「?」
「??」

「…」
 目を細めて火照る頬を膝に押し当てたカホルは、頭を振った。
ネットには、接続できなかった。出来るような場所ではないのだ、ここは。
 出来ても、宇宙に住む人間には、分からないような気がした。永遠の寿命を持つ者には。

 この疑問には、自分の体だけで、答えなければならない。


07

「植物学者って、すごいんだね。」
「俺もそう思った。ゼンゼンわかんねぇや。」
 カホルは微笑むと、二人の先導者におねえさんぶって言った。
「あら、じゃあ、二人とも学者になればいいじゃない。」

「だめだよ。俺、勉強駄目だし。」
「俺も。」
「大丈夫。私もね。ゼンゼン駄目だったの。でも植物くらいしか、こんなうっかりさんとは付き合えなかったから、勉強したの。幸い、友達も居なかったし、勉強するぐらいしか、なかったしね。」

 カホルは、微笑むと個性的なシダ植物から試験管に、埃のような胞子を取った。
「でも、あなた達には友達一杯居るから、学者になるためには色々大変かもね。宿題よりも面白いことがあるだろうから。」
「なんで友達が居なかったの?」
「そうだ、先生ならみんなに好かれてたはずだよ。なあ、ウラル。」
「うん。」

 カホルは、作業を続けながら、口を開く。

「私のおばあさんはね、猫だったの。」
「猫?」
「そう、猫。昔は法律の抜け穴があってね。人間を改造して猫娘にするのは法律違反だったけれど、その逆は良かったのよ。…私は、そちらの方。」
「でも先生は、ただの人間みたいだけど。」
「私の母がね、私を<作る>時に完全な人間にしたのよ。嫌なことが一杯あったんでしょうね。私だけはって、思ったみたい。」
「わかんねえな。ウラル、分かる? なんでそれで友達が出来ないんだよ。」
「猫もかわいいし、先生も、いや、それはいいんだけど。…僕も、分からないや。」
「…分からないかもね。この星に居たら。お母さんもこの星に行ったことがあれば、別の解決法を選んだかも知れないわ。」
 永遠の命を持つが故に自殺した母を思って、カホルは、そう言った。
「人はなぜ、世代を重ねるのか。…人だけじゃない。生物は、なぜ世代を重ねるのかしらね。」


08

「こっちこっち。」
「はいはい。」
「ハイは一度。」
「はい。」
 ウラルは、嬉しそうに笑うと、背中に翼が生えているんじゃないかしらと思える足取りで、走った。

「先生。急がないと日がくれるぜ。荷物持つよ。」
「うん。ありがとう、タカツキくん。」
「…別に。」
 横を向いたタカツキに、カホルは微笑んだ。

 そう言えば、ずっとずっと昔、こんな経験を、したことがあるような気がする。
三百年近く前だったか。
 
  人はなぜ、世代を重ねるのか。 そう思う。
 この森に入ってから、ずっと。


09

「ここ。俺たちの遊び場。」
「絶対ね、気に入ると思うんだ。」

 カホルは、手を引っ張られて、やっと岩場を登った。

 そこには、枯れた巨木がある。水を吸い上げるために地上に投下された世界樹だと、カホルは一瞬で見抜いた。
 その枯れた木の中に、もう一本の木が、生えている。
トチの木。トチの若木。

「変わってるでしょ。木の中に、木が生えているんだ。」
 ウラルは、そう言ってカホルの表情をうかがった。 くだらないと言われたらどうしよう。
「…」

 カホルは、微笑んでウラルとタカツキを抱きしめると、ゆっくりとした足取りで死んだ世界樹に近づいていった。 照れるウラル。
 木漏れ日から開けた光の中に、カホルは歩いていった。

 立派なトチの木を見上げる。
…違う。トチじゃ、ない。

 カホルは、目を細めた。
「…世界樹が、代替わりしている?そんなはずが。」
「どうしたの。」
「…一代限りで死滅するはずの生体プラントが、新しい生命を育んでいる。」

「…それ、世界樹ってわけでもないぜ。」
「え?」
 タカツキは、照れたまま腕を組んで言った。
「それ、昔、トチの木に世界樹が受粉したんだ。変な実がなったって。結局食べれなくて、そこらへんに捨てたんだけど。」
「そんなことがあったの。」
「お前のオヤジじゃねえか。」
「…そうだっけ。」
「そーだ。その中から、一本だけ生えたんだよ。」

「…」
 自然に発生するとしたら、どれだけの奇跡が連続して起きたのだろう。

「自然は、どんな役割をこの木に与えたのかしら。」
「…」
「見て、心臓が、生えている。」
「心臓?」
「おい、俺にも見せてくれよ。ウラル!」

 ゆっくりと脈動する木の瘤のようなそれに、カホルは、優しく触れた。

「水素の心臓。世界樹を統括するユニットよ。この星の水が、みんなのものになるように。…遺伝したのね。」
「この星の水が、みんなのものになるように。」
「ええ。」
「すげえ。すげえよ。」
 意味が分かっているのかしら。カホルはそう思ったが、結局何も言わずに、二人に微笑んだ。


10

 世界樹が枯れた後に出来た、新しい種類の若木。その根元に座り込んで、カホルはその木を護るように群生する草に触れた。

「見て。」
「雑草?」
「…雑草と言う名の草はないわ。ウラル君。全てのものには意味があるの。そう、すべての物には。…見る人によっては、宝物にも、希望にもなる。」
「…これが?」
「これはね、オリジナルの地球にはなかった草なのよ。」
「こんなに一杯あるのに。」
「適応進化したのね。…」
「どうしたの?」

 カホルは、二十やそこらの小娘では、絶対に見せることが出来ない奇麗な横顔を見せた。
考えつづけた、三百年の横顔。

 見たことがない草が、揺れている。答が、出たような気がした。

「この星は、地球に見えて、地球に似せたけれど、やっぱり地球ではなかったのよ。失われた我々の発祥地は、もう戻らない。」
「…」
 
 
  カホルは、目をつぶる。

 神託を受けた巫女のように、カホルは、つぶやいた。
「でもね、だからこれは、あなた達の希望なのよ。」
「希望?」
「人間は自分達の星を破壊したわ。でもあなた達には、可能性がある。地球では生まれなかった可能性があるの。」

 カホルは、ウラルとタカツキを見た。 二人は、少女と、女と、母と、老婆、巫女の間を次々と行き来するカホルの内面を感じたのか、神妙な面持ちでうなずいた。
「自らの星を壊さないような。自ら死を選ばないような。もっと優しい人になる可能性が。」

 カホルは、立ち上がると、二人の少年を見ながら、不意に涙ぐんで微笑んだ。
 
 
  分かったような気がした。

 人が、世代を重ねる意味が。すべての経験を捨てても、やり直す意味が。
 
 
  自分が、どんなに頑張っても、もう手に入らない物が。

 カホルの目に、たくさんの人の影が、ウラルとタカツキの背に立っているのが見えた。
幾千幾億も、微笑み、悲しみ、たくさんのことを、やり直しながら。なにかを為そうとするその姿を。

 涙が止まらなかった。両手を顔にあてて、泣いた。


11

「…ごめんね。ウラルくん、タカツキくん。」
「まあ、…いいけどよ。」
「もう大丈夫?」
「ええ。大人げないわね。もう、一生泣かないだろうと思っていたのに。」
 そう言って、カホルは、自分を気遣いながら手を引く二人を見た。

「ごめんね。」

「泣くのは、おかしくないさ。あやまることでもない。」
「そうだよ。」

「…」

 タカツキが、前を見たまま言った。
「先生。俺も、ひょっとしたら、俺もさ、あの雑草みたいに、凄い奴に見えることがあるのかな。」
「…ええ、そうね。タカツキくん。あなたにぴったりの価値観があれば。」

 カホルは、静かに言った。がんばれと、心の中に続ける。

「何かの価値を決めるのは価値観なの。価値観を変えれば、悪い物はよく、良い物は悪くなるときもある。泣いちゃうくらい、素敵なこともあるわ。」
「…俺、探してみるよ。俺を、頼りにする奴を。先生が居なくなっても。」
「僕はノイに、凄い人だっていわれたいな。」
「お前、馬鹿だろ。」
「なんでタカツキにいわれなきゃなんないんだよ。この間、国語赤点だったくせに。」
「うるせえ。意味分かってないくせに。」
「なにが。」

「喧嘩しない。二人とも。また泣いちゃうから。」
「うー。」

 カホルは、声を立てて笑うと、二人を等分に抱きしめた。
「そうだ、あの草ね。私たち3人の名前を繋げてつけましょうか?」


【 E N D 】