|
タカツキ中佐は窓から城の外を一瞬だけ見た後、豪華な机の上に座ったまま向き直って依頼主を見た。
「…戦争を始めるのは簡単だがな、終わらせるのは難しい。…お前達政治屋は、それが分かっていてやってるんだろうな。」
瞬時に、古風な羽飾りの帽子をかぶった貴族は、顔をどす黒く染め上げた。
「傭兵ごときが!」
「…傭兵に講義されるような、政治なんかしなさんな。王族の乗るトラムを横切られた程度で沸騰する名誉とやらのために死ぬ、民衆のことは考えたことはあるか?」
激怒した老貴族が何か喋ろうとするのを、隣りの姫君が手を伸ばして制した。
被り物から見える金髪が、昔好きだった少女を思い出させる。いやな兆候だ。中佐は、そう思った。
「申し訳ありません。騎士マサヤ卿。」
「中佐だ。」
「…申し訳ありません、中佐。あなたがおっしゃる通りです。ですが、我々は、すでに交戦状態にあります。」
「あんただけ、だろう。」
泣くかな、と思ったが、姫君は泣かなかった。
「…今更当時のことを反省しても仕方がありません。…生き残らない限りは。それに事件は、国民の愛国心が起こしたもの。どれだけ愚かと言われても、何をもって我が国民を責めえましょう。」
「…」
姫君は、一瞬だけ躊躇した後、頭を深々と下げた。
「…お願いします。中佐。あなただけが頼りなのです。」
「…リーズナブルな上に、野盗くずれでもないしな。」
「…申し訳ありません。ですが、これが我が国の王室費と国防予算の過半なのです。」
「商売が下手なことだ。そういう事は、言わないほうがいい。」
老貴族がイライラしながら口を挟んだ。
「そういう貴様は、商売をする気があるのか?」
中佐は、視線をよそに向けた。アゴにまばらに生えた髭をむしる。
「…あるさ。だがな、傭兵だからって、それだけじゃない。馬鹿にされてもな。命を賭けるには理由が要る。」
胸から、ペンと契約書を出す。
姫君が、弱々しく小さく微笑んだ。
「小国ですが、我が国よりあなたに騎士号を贈ります。」
「報酬は全部、金にしてくれ。成功報酬でいい。」
姫君は、少しだけ頬を染めて微笑んだ。
「それとは別です…あなたは、騎士にふさわしいと思いますから。」
「…体制側の人殺しにつける適当な称号だな。…一回は勝ってやる。それで和睦するんだ。向こうはウーツェーも敵に回している。二正面作戦はしないだろう。」
「…分かりました。」
部屋の外では、今年16になる少女が、真新しい軍服を着たまま、廊下の壁に身を預けていた。
「どうした。」
目をつぶったまま、少女は顔をあげる。
「…中佐。どうでしたか。」
「やることにしたよ、少尉。」
いつごろから、階級で呼び合う事になったのかは分からない。
まあ、お兄ちゃんと呼ばれるには年が離れすぎ、父と呼ばれるには近すぎる。
中佐は、ゆっくりと30年の自分の人生を考え出していた。二人は並んで歩きだす。
「反対です。」
「結構な金だぞ。お前のドレスも買える。」
「…そんなもの…要りません。…その言い方は、卑怯です。」
「おいおい、なにが。」
「今度も金髪だから、ですか。」
「…どうやってそういう結論に達したんだ。」
目をつぶったまま、少尉は、中佐を見上げた。自分が黒髪なのが、悔しかった。
「統計です。金髪の女性で特務曹長が美人だと言ったときには必ず仕事を受けると。」
「…ふむ。」
「やっぱり。」
「そんなわけないだろう。ビジネスだよ。勝てそうで、それで実入りがいい。それだけだ。それより、お前もそんな事言うようになったんだな。」
中佐は微笑んだ。憤然と怒る少尉。
「…どういう事を指しているのか小官には分かりませんが、誤解です。」
「そうしておこう。俺は…あの子達のところにいく。」
地面に、行儀悪く座り込んだウラル少年は、鼻の上に乗ったテントウムシをしばらく見た後、くしゃみをした。
不意に隣を見る。
「ねえ、ノイ。タカツキはいつ戻ってくるのかな。」
ウラル少年が愛してやまない金髪の少女は、スカートの裾を直しながら、考え深そうに口を開いた。
「…ごめんなさい、分からないわ。」(…5分ごとに言わないでくれないかしら。)
「…親友を置いていくなんてさ。友達がいの無いやつぅ。」
「そんなこと言わないで。タカツキくんにも…きっと考えがあるの。…だから…」(16年もたてば、人は変わるかもしれない…父さんと母さんみたいに。)
ウラル少年は、じっとノイを見つめたあと、にっこり笑った。
「だいじょうぶ、なんとか、なるよ。色々あるけど、タカツキはいい奴だし。特務曹長はいやな奴だけど。」
ウラル少年は、自分達を監視する、特務曹長の方を見た。
特務曹長は素知らぬ顔で、木の枝を彫り込んでいる。
特務曹長はナイフを使った小物作りが上手だ。
何かに気付いたのか、顔をあげて立ち上がる。敬礼。
ウラル少年とノイも、顔をあげた。
「タカツキ! どこに行ってたの?」
「タカツキくん。」
中佐は、破顔した。
「色々だよ…色々だ。」
こっちは16年も年を食って、30になったってのに、こいつらは、まったく前のままだった。
面影からしぐさ、身体の大きさまでそのままで。傍に居ると、自分まで昔に戻りそうで、それが、中佐は心地よかった。
「色々じゃ分からないよ。いつもそうなんだから。」
「おいおい、昔と言っても、何年前の事だ。」
「去年の冬だよ。ほら、タカツキが、人の机の中にカマキリの卵を入れたとき。」
17年前ねと、心の中で訂正して、中佐は微笑んだ。
「…そんなこともあったかな。」
「うん。ねえ、ノイも覚えているよね。」
「…う、うん。私も、泣いちゃったから。」(16年もたてば、私も忘れるのかしら。)
中佐は目をさまよわせた。思い出した。そう言えば、そうだったか。
「…そりゃ、悪かった。あー、あの時は、ノイの事を好きだったんだ。」
少尉とノイとウラルが、一斉に息を呑んだ。
目を、しばたかせる中佐。
頬を紅くするノイ。
ウラルが、一気に立ち上がった。
「ずるいぞ、タカツキ! 抜け駆けはなしにしようって、言ったのに!」
「いや、俺は…そうか…いや、すまん。」
「抜け駆け…?」
「うわわわ!」
ウラル少年は、両手をふって何か訳の分からない事を言った。
「中佐殿、そろそろ時間であります。」
耳元でささやいた特務曹長には何も言わず、中佐はウラルと、ノイの頭に手を置いた。
「じゃあな、すぐ、誰かを迎えにいかせるから。」
「面倒くさがらずに自分で来ればいいじゃないか。」
中佐は、しばらく考えて、笑った。
「そうだな、年をとって面倒くさがりになったようだ。後でくるから、おとなしくしておけよ。」
「見て回っていい? お城って、はじめてなんだ。」
「少尉、ついていってやれ。」
「私がですか?」
「たのむ。」
「…分かりました。」
まだ、好きと言われてドキドキしているノイは、中佐を見上げて、恥ずかしげに微笑んだ。
「ありがとう、タカツキ…くん。」
「お安い御用だ。ノイ。俺は正義の味方でね。」
「どうしたの。」
つぶったままの目をわななかせて、少尉は、3、4歳は年下の少年の声を聞き流した。
どこの馬の骨…どこかは分かっているが…そんなことはどうでもいい…私の中佐に、私より小さな子供のくせに対等に話すのが、許せなかった。特に金髪だ。
少尉の中では、なんとなく全部つながったような、そんな気がした。
「中佐。」
「中佐だ。」
「中佐、今度も勝たせてくださいよ。」
「里の家族に送る金が、少し足りないんだ。」
顔をあげると、休止していた兵士達は、それぞれ尊敬と信頼の表情で、中佐を見上げた。
その数は、100名ほどか。それが、中佐が持つ駒の、全部だった。
軽く微笑んで、手をあげる中佐。
「まかせておけ。今度も実入りがいいぞ。配当は期待してもらおう。」
「じゃあ、戦勝前祝いだ!」
「そりゃいいや。」
兵士の輪が、笑った。
中佐の後ろで、誇らしげにその光景を見る特務曹長。
「ドクターはテントか?」
「はっ、そうであります。」
「ありがとう。それから特務曹長、後で話がある。」
特務曹長は、少しだけ渋い顔をした。
小さな時に、遊びにいくのを母親に呼び止められたような、そんな表情だった。
ウラルは、ただでさえ大きな目をさらに開きながら、城の中を歩いている。
「ねえ、ノイ。あれはなにかな。」
「え、…うん。」
ノイは、気になると言った表情で、後ろを見た。ぶつぶつつぶやいている少尉。それでも、目は開かない。
ウラルも気がついたらしく、小声を出した。
「なんで怒ってるのかな。」
「さあ。タカツキくんに怒られたのかしら。」
「そのタカツキくんという言い方はやめてください。」
「うわ、聞こえていたの?」
「…」
少尉は、顔をそむけた。髪を伸ばそうと、誓う。
「なんで、ですか。お姉さん。」
「アニサリ少尉です。」
「アニサリさん。」
「…あなた達が知っている中佐とは、違うんだから。」
こっちは5年も見てるのよとは、はしたなくてさすがに言えずに、少尉は頬を赤らめた。
とにかく絶対、なにがなんでも、副官として、そう副官として、軍神とまで噂される中佐の権威を脅かすものを、排除せねばならない。
「うわ、あれ見て。奇麗だね。」
「ほんとうね。」
(このガキ…)
歩哨に立つ衛兵達が、微笑むのを目ではなく感じて、少尉は、拳を握りしめた。
テントの中で、医療品の片付けをしながら、アナダン技術大尉は、テントの幕が開けられたのを見た。
そこから現れた、自分の息子といっても良い年齢の中佐の表情を見て、アナダン技術大尉は、確認する事にした。
「やるんですか。」
「そうだ、ドクター。全人戦車の健康調査をしてくれ。」
背の割にがっちりとしたその技術大尉は、自分も椅子に座りながら口を開いた。
酒瓶の栓を開け、中佐に薦める。
「あまり感心しませんな。今度は相手が悪い。」
「ありがとう。…そうだな。…だが、」
中佐は、少しだけ遠い目をした。
「いつも泣くのは民衆だ。」
「…そういう言葉は、自分が危険でないときに言うものです。」
「そんな奴が言うセリフに説得力はないな。」
「…」
「そんな顔するな、無駄に部下は死なせたりしない。勝算のない戦いをするほど、子供でもない。」
大尉は、祈りを少しだけ込めて、口を開いた。
「それは信用してますよ。わしも、いくつも奇跡は見てきていますから。もう一杯いかがですか。」
「貰おうか。…これから、歩くことにする。」
「篭城戦ですか。」
技術大尉は、中佐が、戦う前に予測される戦場を何度も歩いて地形を覚えることを知っていた。戦いは、近い。
中佐は、微笑んだ。
「まともに考えていたら、そうだな。」
「…」
中佐は、技術大尉の視線を感じながら、琥珀色の酒に、自分の顔を映した。
街が、燃えていたのを良く覚えている。
次に覚えているのは、動かなくなった母を、ずっと揺り動かしていたことだった。
動くわけがない。頭が無いのに。
遠くで、銃声がなっている。銃を持って走る兵士の一人が、足を止めたことを感じた。
色々な意味で、いやなものを見たと、上を見る黒髪の青年。
青年…タカツキ<大尉>が、瞬間だけ考えて二歩歩み寄ると、手を伸ばした。
最初に見たタカツキ<大尉>の顔は、すすで汚れていた。
「来い。」
「…え?」
「生きたいのだろう。」
ぼうっとタカツキの顔を見た時、タカツキの顔が、少しだけ悲しそうに歪んだ。
「生きなきゃ、ならないんだろう?」
思うに、あの時に、私の子供時代は終わったのだ。
子供の声を大変うとましく思いながら、少尉の思い出は中断された。
顔をあげる少尉。
「どうかしましたか。…ノイ・アルト。」
「ノイで、いいです。アニサリさん。」
ノイは、まだあちこち見て回っているウラル少年を遠目に、少尉を見上げた。
「…タカツキくんは、私たちが<中断>している時に、なにをしていたんですか。」
「…あなた達は、16年間も木の中にいたんだっけ。」
「正確に言えば、少し違いますが、そうです。」
少尉は、年下というにはあまりに子供なノイを前に、意地悪な、情けないような気分になった。でも、時間の差を埋められてたまるもんですか。
「…戦争が起きたわ。それだけ。」
「…他のみんなが、どうなったか、聞いていませんか。」
「あなた達の、友達のこと? …ごめんなさい、知らないわ。」
それは本当だった。中佐は、絶対に過去を話すような人ではない。
どちらかというと、私よりノイの方が知ってるかも知れない。でもそうだったら、嫌だ。少尉はそう考えた。
そんななさけない少尉の表情をどう思ったのか、ノイは、頭をさげた。
「…そうですか。すみませんでした。アニサリさん。」
「…いえ、ごめんなさい。」
「ねえ、何を話しているの?」
「…城の構造についてよ。カナンくん。」
「ふぅん。」
ウラル少年が、悩まないようにするためか、それとも、説明が面倒くさいのか。どちらにせよ、この子は思ったよりもずっと、大人なのかも知れない。少尉はそう思った。
「それより、タカツキはまだかな。」
「そうね、そろそろ来てもいい頃だけど…」
「だから、呼び捨てはやめてください。」
「待たせたな、特務曹長。」
「いえ。」
「歩きながら、話そう。あの子達のところに、いかなきゃな。」
中佐は、そう言って歩き出した。渋い顔をして後ろを歩く特務曹長。
伍長は草の伸びる音を聞き分けるというが、それは、生っ粋の下士官である特務曹長も、そうであった。
いやな予感がする。神妙な顔で、特務曹長は腕を後腰にまわして、目をつぶった。
そんな特務曹長の気分を知ってか知らずか、中佐は、ここで階級を用いなかった。
「セルゲイ…あの子達を、ウーツェーに連れていってくれ。」
「それは命令でありますか、中佐。」
「そうだ。…うちの部隊ではお前が一番足が速い。」
「糞ったれであります、中佐殿。自分は餓鬼のお守りより、絶望的な防衛戦の方を選びたいであります。」
「…誰かが、あの子達を守らなければならない。」
「誰かが、中佐殿をお守りする必要もあるかと思いますが。」
「俺はいい。」
「人が良すぎであります。中佐殿。」
中佐は、夕暮れの風に少しだけ前髪を揺らした。
「…そこらへんの後悔は、ずっと前にしたさ。でもな、仕方ないだろう。」
「小官は、その気になれば軍事的才能で国を作れるであろう、あなたを気に入っております。実際のところ、その節度が無い上に際限の無いお人好しは、完璧と思われる中佐殿最大の弱点かと思われますが。」
中佐は、才能の事に言及されるたびに露骨に嫌な顔をするが、この時もそうだった。
「…買いかぶりだ。」
「だったらなおの事であります。」
そろそろだな。と、特務曹長は思った。つぶったままの片目を開ける。
「とはいえ、私以外の誰かで、そう、人戦車以外の誰かなら、当てられるかと思いますが。」
「…信用できる人間が必要だ。それになるべく強くて、金よりも大事なものを知っている奴の方がいい。」
「ジャッコ・ロイダがおります。中佐殿。ロイダ族であります。これ以上信用出来るものは居ないと思いますが。」
「…」
考え込む中佐に、特務曹長は駄目押しの言葉を言った。
「ジャッコも、戦いの儀礼の無い殺し合いより、ウーツェーに子供たちを送り届けるほうを選ぶと思いますが。」
【→NEXT】
|