軍 神 物 語
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10

 中佐がやってきたのは、ずいぶん後になってからだった。もう、夕暮れだ。
両手をひろげる中佐。

「待ったか。」
「うん、もうくたくただよ。」
(誰が。)
「少尉、ありがとう。」
「いえ。命令ですから。」
 命令というあたりをやけに強調して、少尉は言った。

「…なんで怒ってるんだ。」
「怒ってなんかいません。」
「そ、そうか。…飯は、食ったか。」
「うん。」
「ええ。」

「そうか、じゃあ、荷物をまとめておいで。森に行こう。」
「立つの?」
「そうだ。もっとも、俺は遅れるが。」
「そうなの?」
「そうなんだ。」
 タカツキ中佐は、少尉の前では絶対見せないような、そんな、困った笑顔をしてみせた。
「こういう時は、大人になって、しまったと思うな。…かわりに、護衛をつける。信用できる男だ。」
「タカツキの友達なの?」
「仲間だ、お前達と同じ。」
「じゃあ、信用できるね。」
「う、うん。」
「大丈夫だ。ノイ。正義の味方を信用してくれ。」
 ノイは、澄んだ翠の目で、年を取ったが、間違いなく正義の味方ごっこしていた少年を見た。
 小さく、うなずく。

微笑むタカツキに、面白くなさそうに土くれを蹴る少尉。
「ノイを守れよ。カナン。」
「あたりまえだろ?」
「ははは、そりゃそうだな。なんと言っても、お前は俺より勇気があるからな。」
「?」
「同じ好きでも、お前は中断できて、俺は出来なかったという事さ。手を出せ、親友。」
「なに?」

 タカツキは、子供の時に欲しかったナイフを手の中においてみせた。
「人に向けて使うなよ。」
「誰が。…あ、でも、ノイを守るためなら、使ってもいい?」
「そうだな。でも、使わなくていいなら一番だ。」

 中佐は、じっとウラルの手を見た。
口を開く。


11

「お前の手は、小さいな。こんなに小さかったか。」
「そっちが勝手に大きくなっただけだろ?」
「そうか…そうだな。」

 中佐は、昔のままの二人を抱きしめると、酒と煙草で臭くなった口を開いた。

「正義の味方の俺が、お前達を必ず届けてやるよ。安心しなって。」
「うへぇ、父さんと同じ匂いがする。」
「ははは。うらやましいだろ。」
「ぜんぜんっ!」

 中佐は笑うと、二人から距離を取った。
「よし、別れは終わりだ。ここから先は、ジャッコ軍曹の言う事を良く聞くんだぞ。」
「後でね。タカツキ。」
「またね…タカツキくん。」

「ああ、今度は、もう少し大きくなってくれ。…でないと、疲れる。」
「なにが疲れるの。」
「夢だ。ずっと昔に、見た夢にだ。…ははは、いいや、いけ。」
 分かってなさそうな少年と少女に、精一杯優しく言って、中佐は振り向いた。
羽飾りをつけたロイダ族の軍曹が、うなずく。

 身を硬くする少尉。
「まさか、小官もついていけなんて言わないでしょうね。」
「…いや…それは、思い付かなかった。…すまん。」
 中佐は、思い付かなかったのを、悔やんだ。何年も近くに居たから、そんな事考えもしなかった。それをどう考えたのか、あせる少尉。
「だ、駄目です。私が居なかったら、夜戦指揮はどうするんですか。」
「…いや…そういう意味じゃなくて…いや…ああ、確かに、少尉が居ないと困る。」
 

 アニサリ少尉は、目をつぶったまま頬を赤らめた。
「…そ、それなら…いいんです。」
「すまん。」

「タカツキは少尉が好きなの?」
「…馬鹿、俺ぐらいの年になると色々あるんだ。」

 ノイは、言い合いを始めた二人を横目に、微笑んで背伸びすると、少尉の耳元にささやいた。
「アニサリさん、タカツキくんは、蜂蜜が一杯入ったパンケーキが好きなんです。」
「え?」
「…それだけです。あと、悪戯が好きです。注意してくださいね。」

 ロイダ族の軍曹は、手を叩いた。
「お話、終わり。今から行けば、街、入れる。」
「そうだな。カナン、続きは後でだ。」
「うん。またね。」
「じゃあ。」
「ありがとう、アルト…ノイ。」


12

 夕暮れに小さくなっていく古い友人の後ろ姿を見ながら、タカツキ中佐は口を開いた。

「エゴだな。…俺は、俺が人殺しの天才であるところを、あの子達に見せたくないと思っている。」
「軍神が何を言っているんです。」
「…人殺しには違いない。」
「…」

「中佐がそれなら、小官も同罪です。」
 中佐は、自分を真摯に見上げる少尉を見た。今年16になる。
目をそらした。

「…すまん。」
「なんであやまるんですか。」
 同じ子供なのに。

 もっとも少尉は、そんなことは考えてなかった。ただ、嫌なだけだった。距離を置かれるのが。
「なんであやまるんですか。」

 後に軍神と呼ばれる黒髪の中佐は、抱きしめる事も、冗談を言う事も、話題をそらすことも出来ずに、立ちつくしていた。


13

 翌日からのタカツキ中佐は、森を歩くことからはじまった。
周辺の地理に詳しいと言う猟師と木こり達を連れて、延々と歩き始める。

 びっしり書き込みがされた地図を見ながら、タカツキは立ったまま指示をだした。
「特務曹長、砲兵と二式をあの山に配置する。1時間で出来るか。」
「はっ。30分で十分であります。」

 血相を変えて口を開く老貴族。
「なぜ、城から砲兵を出す! 虎の子だぞ。」
「指揮権はすべて私にくれると言うはなしだったが。」
「逃げる気だな。」
「負けるならね。今はその必要は認めないな。勝つためですよ。」

 タカツキは、淡々とそう言った。
そこに何を見たのか、そ、そうか、ならいいと言って去る貴族。

「中佐殿も人が悪い。」
「なにがだ。」
タカツキは、戦いに負けるとは微塵も思っていなかった。
だから、はったりでも、何でもない。

「…いえ。どうしました、少尉。」
 そう言う特務曹長にアニサリ少尉は、あの日からずっとすねたままの表情を押し隠したまま口を開いた。
「伝令です。カントボトンとアーストンブルクの街が完全に破壊されたようです。」
「避難は、間に合わなかったな。…勢力は?」
「ブルード級中型12、形式不明の超大型1。火力で言うなら我が方の8倍です。」
「中佐殿…速いようですが。」
「随伴兵は、どうだ。少尉。」
「ないようです。後続の占領部隊が居るのかもしれません。」
「そうか。…勝ったな。相手が長期戦狙いなら、負けていた。」
「…」
 静かに軍神がそうつぶやくのを、少尉と特務曹長は人が人でない者を見る目で、見守った。


14

 街を業火で包むように、身の丈4mの人戦車が、人を食らいながら、前進する。
頭をちぎりとり、丁寧に、背中に移植していく。

 首が、絶望に狂った叫びをあげる。

人戦車達が、ひときわ巨大な、自分達の王を見上げた。
 
 

 建物を押しつぶすように、巨大な要塞攻略人戦車が、現れる。


15

「敵! 街道を突破! 平野に出ました! 速い…」
「焦るな、少尉。」
 中佐は、地図を見ながら、そうつぶやいた。

 目を薄くあけながら、少尉はうなずいた。 自分が誰よりも信用する軍神の言葉。
傍らの姫君が、中佐の横顔を見る。
「街道に守備兵を置くか、封鎖したほうがよかったのでは。」
「意味がない、時間がない、人が死ぬ、戦後の復興に金がかかる。」
「…そうかも知れません。失礼しました。」

「少尉。状況を。」
 城の城壁に立ったアニサリ少尉は、赤い目をあけて、短い髪を、風に躍らせた。
「…数、13、」
自分が送った電波の残像を視る。
「…見えます。第1列、第2列。目標、ともに4。距離4000.3800。全てプルード級中型マン・タンク。20m単位で単横陣を敷いています。」

 少尉の隣に立って、中佐は目を細めた。収穫間近の麦に火をつけながら、土煙が、あがる。

 今や人戦車に変わり、鎧を着た特務曹長が、傍らに長い長い棒を置いて口を開く。
「絵に描いたように見事な高速進軍ですな。」
「敵の迎撃準備が終わる前に速攻で主導権を握る。用兵の基本だ。この小国の支配権に興味はないようだな。一戦で撃破し、反転してウーツェー戦に備える。」
「…」
「そう、そうするしかない。凡将でなく、優秀なら。」
「第3列。超大型マン・タンク。直衛、中型4、ブルード。 距離4000、そのまま!」

「おかげで、勝つことが出来そうだ。」
 

 超大型のマン・タンクが巨大な火砲を撃った。口径60cmもの大砲が、盛大に火を吐いて揺れると、城壁の一角が、火を噴いた。

 衝撃と揺れ。
 中佐は、左手で姫君の手を引き、右手で倒れそうになる小柄な少尉を後ろから抱きとめたまま、口を開いた。
「第1列と第2列は前進を続けているか。」
「はい。」

 特務曹長が、長い長い棒を手にとって悠然と歩き始める。
「こりゃ、5発も撃たれたら城壁ごと無くなりそうですな。…そろそろ、おりますか。」
「正門前で待機。お姫様を下に。」
「了解であります。中佐殿。」

中佐は、自身の心臓に話し掛けた。
「時間だ。二式、砲兵。第一射、射撃用意。角度6、方向11。目標、敵超大型。火線を集中せよ。」
 

「第一射、射撃用意。角度6、方向11。目標、敵超大型。火線集中よろし。」
6kmも離れた森の中で、5体の並んだ人戦車達が一斉に砲を空に向けた。
 砲を支え、全員が奇麗に中佐の指示通りに動く。

「撃て!」
「撃て!」


16

 森の木々を打ち破るようにして、一斉に火の手が上がった。
 

 背後から、次々着弾する弾に、40mになろうかという人戦車が叫んだ。

足元の護衛人戦車達が振り向き、手信号によって走り始める。
 

「直衛機、反転。 第1列、第2列、そのまま。」
 赤い目を開いたままそう言った少尉を支えたまま、中佐が目を細めた。

「やはり、砲兵が城の中に篭ると踏んで、背後を見せて戦力を分散したな。そうするしかない。普通なら。…だが…」
 中佐は、少尉の肩に乗せた手を放すと、自身の心臓に向かって叫んだ。
活性化し、伸びた血管が中佐の首筋まで伸びる。

「第二射から第六射まで、射撃用意。角度1、方向そのまま。砲弾を通常弾に替え、弾幕用意。距離600より100間隔で10秒ずつ順次砲撃。」

 森の中の兵達が、軍神とあがめる自分達の指揮官の声を復唱する。
「了解。第二射から第六射まで、射撃用意。角度1、方向そのまま。砲弾を通常弾に替え、弾幕用意。距離600より100間隔で10秒ずつ順次砲撃。」

「対戦車砲兵、列を整え。」
「対戦車砲兵、列を整え!」

「ウガク中尉、列を乱すなよ。」
「了解です!」

 見えてもいない風景を、頭のなかで描き、口を開いて言った中佐の言葉に、部下達は心酔した。兵一人一人の隣に、中佐が立っている。そう思った。
 何人もの中佐が、同時に口を開く。
「第二射から第六射、行け!」
「撃て!」

 再び森が天を割って火を噴いた時、反転して走ってくる四体の人戦車の遥か前方で、轟然と爆煙があがった。

「どこを狙ってやがる。進め、進め!」

 そう言った人戦車に向かって、二弾目、三段目が次々と近づきながら着弾した。

一斉にあがる爆煙。もはや、前すら見えない。

 隊列を乱し、それぞれの速度で人戦車は進軍する。
所詮は長距離戦専用の砲兵、近接戦距離までたどり着けばなんとかなる。

 煙が、晴れた。

 穴をうがち、進みにくくなった畑で往生した人戦車が、なんとか森の外れにたどりついた時には、一列に対戦車砲が並んでいた。

「撃て!」
「撃て!」

 十字砲火にさらされて、人戦車は粉々になりながら、血を吐いた。


17

「いつ見ても中佐殿の用兵は、見事なダンスの様だな。」
 特務曹長のつぶやきを、部下は実戦の前の緊張感の中で聞いた。
「はあ。」
「…敵も味方も、あの人を中心に踊っている。」

 特務曹長他8人の人戦車達はそれぞれ、長い長い棒…銃と槍が一体になったフェダイーン・ランサーを手にとって、目をつぶった。

普通の軍隊なら、偵察部隊以外には使われない軽人戦車達。それが、中佐の主力だった。

 兜のファインダーを下ろし、目を、開く。

二発目の対要塞砲弾が、城壁に当たったようだった、揺れる。

「特務曹長、敵は超大型を守るために、反転したようだ。」
 隣で、中佐の声がする。
何度聞いても、本当に居るように…見ているように。中佐が、普段通りに事実を告げている。
「城はもぬけの殻、本隊は、森の中と判断したようですな。…作戦どおりに。」
「…一発も撃たせなかった甲斐があった。…そろそろ出番だ。たのむ。」
「はっ。…中佐殿、絶望的な防衛戦などと、言ってしまったことをお詫びします。」
 照れたように苦笑するタカツキ中佐が、見えたような気がした。

「俺以外の全員はそう思っただろうさ。敵でもな。…気にするな。」

 正門が開いていく。

「武勲を立てろ、特務曹長。」
「はっ!」

 八体の人戦車<ファヴァー>は、一斉に突撃を開始した。

槍の先に傭兵騎士団の旗をつけた人戦車が、反転した敵の人戦車に襲いかかる。


18

「…勝ち、ましたね。」
「そうだな。」

 もう、数の優位すら捨てた敵の背に、特務曹長が槍を突き立て、引き金を引いたのが見えた。
 爆発し、肉片を撒き散らす敵。

 アニサリ少尉は、中佐に顔を覗かれる前に、目をつぶった。
電波や赤外線を見る赤い目を、この人だけには見られたくなかった。

目を閉じていても、物を見ることは出来る。

「…なにか、気になるのですか。」
「あの子達は、どうしているかな。」
「…優しいんですね。」
「…」
 少尉が放った言葉の毒を十分に吟味しながら、父親を独占したい子供の気分かな。中佐は、そんなことを考えてみた。その考えを少尉が知ったら、さぞ激怒することだろう。
 

 軍神は、また戦いに勝利した。


19

「もう一杯どうかね。中佐。」
「貰いましょうか。」
「ドクター・アナダン、中佐をアルコール漬けにするのはやめてください。」
「…だんだん、所帯じみてきたな。少尉。駄目な父親の世話を続けていると、婚期を逃すぞ。それから中佐。大尉である私が言うのはなんだが、こういう席に未成年を連れてきてはいかんな。」

 揺れる輸送車の中で、タカツキ中佐は、何も言わなかった。何を言っても少尉が怒ると思ったからだった。だいたい、士官用輸送車は一台しかないのだ。

「構いません。結婚なんて、しませんから。」
「中佐、そう言っているが。」
「…」

 特務曹長は、自分をシリアスだと思っていたので、話に加わらないようにしていたが、立ち上がると、器用にバランスを取りながら、中佐の隣に座った。

「あのお姫様、エクのでっぷらはげ王に嫁入りすることになったようですな。」
「女一人で戦争が終わると思えば、安いものだろう。それぐらい、分かっているだろうさ。」

 特務曹長は、中佐の横顔をうかがった。
一気に酒をあおる中佐。 むせる。

「何年たっても、あなたは変わりませんな。」
「…曹長、信じてくれなくても構わないが、一つだけ言っておく。」
「はっ。」
「俺は、正義の味方になりたかった。」

 中佐はそう言うと、あの子達と一緒に走った頃を思って、開けっ放しになっている後部から、外を見た。

 遠くなっていく城壁が、見えた。

終