ADAM -The affair after- 【小次郎編】

【注意】EVEとADAMをクリアーされている事をお勧め致します。


いつもの日常。透き通った晴天。
周囲がまどろむ真昼間。


【あまぎ探偵事務所】
「おっ…おおっ女が…裸で…」
ぐぐっ…
「それっ。もうちょっとだっ…もうちょっとで…」
身を乗り越したとたんに情景が急転し、奈落に変わる。
「うぉあっ!」
ドテッ
………………
なんだ…夢だったのか…それにしても惜しい所で見逃すとは、俺様とした事が…
くそっ…最近女絶ってるからな……


ぐぅ……
別に寝てるんじゃないぞ…
ぐぅ……
「……………………Zz」


ガッシャーン!ガダンカランカラン…
「何だ何が起こったんだ!?空襲か?」
ドアの向こうだ!
どたどた…
【男1】「おい…やっぱ誰か居るんじゃねーの?」
【男2】「ああ…そのようだな…」
【男1】「賭けは俺の勝ちだな…ほれ、千円」
ずいぶん前にこれと似た体験したような…?
【男2】「ちぇっ…誰も居ないと思ってたのによ…」
【男1】「甘いな。"あまぎ探偵事務所"っつぅ看板がミソだな」
【男2】「しかし、何でこんな誰も来ない所に…」
【男1】「大方繁盛してないんだろう。ここにはビンボー人が住みそうな所だからな…」
グザッ!!黙って聞いてりゃ…
ガチャッ!
「おい、ガキども!よくも俺様の優雅な睡眠妨げやがって。さっさとあっちへ行け!さもないと俺様のグロックをお見舞いするぞ!ずぎゅぉーん!ずぎゅおーん!!」
グロックで打つしぐさをする。
【男2】「何だ?あいつ…危ないな」
【男1】「こういう奴なんだろう。いいから関らないほうがいいぞ」
【男2】「そうだな…」
………。
………………ひでぇ言われようだ。
くそっ…まてよ…このパターン前にあったような…まあいい。あんまりいい思い出じゃなかったんだろう。
無意味に体力使っちまった…ソファで早く疲れを取りたいぜ…
ばふっ…


ぐぅ〜
寝てるんじゃないぞ…
ぐぅ〜〜
俺様の腹の虫だ。そういえばここんとこ飯食ってないな…最近依頼が来ないもんだから、貯金危ういしな。
くそっ!依頼だっ依頼をくれっ。その前に飯食わせろっ!
飯を食わねば戦はできぬという格言を今こそ悟ったような気がするぞ。
「依頼よこせーっ!」
ジリリリーン!
電話!?依頼か!?


どたどた!
ジリリリーン!ガチャッ
「はいっこちらあまぎ探偵事務所!犬猫の捜索から浮気調査まで何でもござれ…」
【受話器】「こちら倉庫管理…」
ガチャッ
ふうふう…やばかった…ドアとシャッターを強化工事してなけりゃ今頃ほっぽり出されてるからな…
何もオーナーといえども所有物を壊しには来ないだろう。はっはっは。


ジリリリーン!
ピクッ…またか…?
ジリリリーン!ガチャッ
「こちらあまぎ探偵事務所…」
【受話器】「ハイ、小次郎。生きてる?」
「…………」
今日はやけに千客万来だな…いやいや、こんなのは問題じゃないな。
誰だ?女の声だが…名前を知っているという事は…う〜ん…
灰色の脳細胞をフルに使うが…何でだ?俺様に会った事があるのか?記憶にない。
しかし、俺様の頭の片隅でハザードランプが点滅している…いやな予感がする…
「…………」
受話器を静かに置こうとするが、見計らったように受話器から声がする。
【受話器】「ちょっとちょっと!…受話器置こうとしてない?」
ぎくっ。何でだ?なぜ判る?覗かれてるのか?
「…誰だ?会った事あるのかな?」
【受話器】「…判んない?ボクだよ、ぼ・く。」
その口調…判るような判らんような…
「…で?名前は?俺はまどろっこしいのは嫌いなんだ。」
【受話器】「もぉ…相変わらず短気なんだね、小次郎は。いいヨ教えてあげる。柴田茜だよ。茜!」
「………何だ…」
【受話器】「数年ぶりの再会の言葉が何だってのは無いじゃない。もうちょっと劇的な…」
「却下。それに再会つっても、受話器だけの話しじゃないか」
【受話器】「いいじゃなーい。そんなのより…今更だけど4年前のバーストエラー事件のスクープ、感謝してるヨ。」
「ずいぶん遅い感謝の言葉だな。まあいい…数年前からぷっつり会わなくなったのはどうしてなんだ?」
【受話器】「それなんだけど…雑誌で国際部ってとこに異動されたの」
「へぇ…大出世じゃないか。」
【受話器】「そうでもないんだヨ。国際部だから世界中のスクープを取らないといけないでしョ」
「そうか…おっとっと電話代もったいないから後で待ち合わせとくか?」
【受話器】「何ソレ…相変わらず繁盛してないの?」
「ああ、そうだ…ついでに飯食わせてくれ」
【受話器】「ついでってのが引っかかるけど…わかったヨ。礼も兼ねてって事で旧プリンセスホテルで」
「ああ、判った」
ガチャッ


ばふっ。
まだ体温が残ってるソファが心地よい。
「ふぅ〜…。しかし驚いたな…あのハイエナから電話がかかるとはな…てっきり死んでると思ってたぜ…」
待ち合わせ場所は旧プリンセスホテルか…あいつの事だから時間は夜だろう。
暇だな…眠くないし…さて、なにやろうか?
そうだ銃器の手入れやっとかないとな。この世の中なにがあるか判らんからな…


ガタッ…がたがた…
机を探ってる音だ。ん…とあった。こんなの見つかりでもしたらお縄だからな…いや、一部知られてるか…
ともかく日常が暇なせいで、ここら辺一帯の隠し場所は精通してる。厳重に隠しとかないとな。


ガタッ…ゴトトっ。
銃をテーブルに置く。…んー見た目異常は無いな。
そもそも銃の取り扱いには慣れてはいるが――綿密なメンテナンスまでは出来ないからな。つい数ヶ月前まではマスターの世話になってたんだが…事件の余波でどこかに雲隠れしてるらしい。また裏の情報屋探さないとやばいな。
グロックを手にとる。黒い鉄の塊だ。このずしっとくる重みが、ひと一人の命の重さだと誰かが言っていた記億があるが――まさにその通りかも知れないな。
このグロックは数年以上も愛用している銃だ。これのおかげで幾つか助かっている。
さて――次だな。
コトッ…
グロックをテーブルに置いて、ステアーTMPを点検する。
ステアーTMP――こいつは事件…まあ最終的にはそうなったが、それまでは護衛という形で依頼してきた今は亡き安藤のオヤジからよこしたものだ。
こいつの出所はマスターが教えてくれた。なんでも"特務機関"ご用達の銃らしくて滅多に市場に出回らないという品物だ。こいつに限っては余程の身の危険が 無い限りは使う事も無いだろう。まりな救出には危うく使いかけたが――おそらく安藤のオヤジは今後プリーチャー以上に危険な奴らが来る事を見越していたの だろう。


ゴトッ…ばさっ。
腰にホルスターを付け、銃着脱式のコートを羽織る。マスターに注文した奴だ。めったに使わないが――いざという時の為だ。
さて…出かけるか。情報屋を探しに…そう簡単には見つからないが。


ガチャ…
うっ…いつもより太陽がギラギラしてるな。
ここは倉庫街だ…俺様の事務所は外見がみずぼらしいが、中身は驚くほどハイセンスでゴージャスな事務所…だったらいいなあ。
ここらへんは余り人が来ないが、俺には気に入っている場所だ。
向こう側にあるのが最近賑わっているセントラル・アベニューだ。数年前は銃撃戦二回、爆弾騒ぎが三回ぐらい、とにかく別の意味で賑わっていた街だな。
セントラル・アベニューへ行くぞ!


【セントラル・アベニュー】
時々ここには来るが相変わらずだ。プリンセスホテルが倒産しているのを除けば――だが。
場所が場所なだけに、立地条件がよい為に総合商業テナントに生まれ変わっている。一体どれくらいの金を掛けたんだ…倉庫を何百回もリニューアル出来るな…
いやいや、こんな事考える為に来たんじゃないんだった。マスターのバーへ行こう!


【バー】
ガラッ…
……あれ?誰か居るのか?
【マスター】「ああ…小次郎さんですか」
「よお…久しぶりだな。もう雲隠れは飽きたのか?」
【マスター】「いえ…そういうわけではありませんが…」
目の前に居るのがこのバーを仕切っているマスターだ。表ではバーのマスターという形で通っているが、裏では情報と武器を扱うブローカー。当然ここに来る奴 らは真っ当な客ではないというわけだ。俺もその一人だが、いつの間にかそういうことになっているようだ。
【マスター】「どうかしましたか?私の顔をじろじろ見て…」
「いや…ちょっと考え事をね。そうそう、銃のメンテを頼みたいんだが…」
【マスター】「メンテですか?そういえば、私が雲隠れして数ヶ月経つんでしたね」
「そうだな…その間はお手上げだったよ」
【マスター】「そうですか…判りました。お詫びに何かサービスしときましょう。」
「頼むぜ。それと…ここ、いつまで開くんだ?」
【マスター】「ああ…それですか。それなら心配無用ですよ…他の情報屋と交代で担当してますから、日時と場所さえ指定してくれれば大丈夫なはずです。」
「いつもより厳重だな。まあ、しょうがないか」
【マスター】「すみません。命と情報は秤に掛け難いんですよ」
「じゃあ、こいつとこいつを預かるからな?」
【マスター】「はい、一週間程したら来て下さい」
「ところで――最近裏でなにかあったか?」
【マスター】「今の所は…ありませんね。後程情報仕入れてきますから」
「そうか――ん?ウェイトレスがいないな?」
【マスター】「ああ、あの子ですか時間帯が変わりましたよ…小次郎さん」
「何だい?」
【マスター】「……あの子が気になるんですね?」
「…頼むから冗談でもそれだけは言わないでくれ。気になるだなんて恐ろしい事を…」
【マスター】「そうですかね?でもあれはあれで、なかなか茶目っ気があるんですが……小次郎さん、もう帰られるんで?」
「ああ…一週間後だったな。その時にまた来る…じゃあな」
ガラッ…


【セントラル・アベニュー】
マスターも気持ち悪いことを言う。気になるだと?それだけは御免だ。
全く――やるべき事はやったしな…このまま事務所に帰ってもつまらんしな…しばらくはほっつくか。
周囲を観察する――ん?まだオブジェがある…あんなの何の役に立つんだ?芸術としては価値があるかもしれないが…別の観点から見ると空間の無駄使いにしか見えないな…こんなの作った奴の顔が見たいぜ…
【・・・】「小次郎?」
「んあ?」
【・・・】「私だ…桂木だよ」





げっ…や、弥生!?何でまたこんな所――いや…ここは弥生が経営している桂木探偵事務所の近くだったな――出会う確立はかなり高い。
まずいな…破局――あれから数ヶ月は経ったが弥生はどうなんだろう?
「や、弥生か…どうしたんだい?」
【弥生】「どうしたも何も…ただ買い物の帰りに見かけてな、話し掛けただけだ。」
「そ、そうか…そっちの商売はどうだ?」
【弥生】「上々だ…最近入った所員が有能でね。経営に関しては心配なしだ。小次郎、おまえの方こそどうなんだ?」
「今の所は…全然。からっきしさ」
【弥生】「ふふ…未だに繁盛していないのか。まあライバル探偵同士だ…好敵手の座だけは守ってくれ」
「そのつもりさ…で、弥生?その買い物袋は?」
【弥生】「ああ、これか?これから友人と飲むんでね。」
弥生はコップで飲むしぐさをした。
「友人…もしかしてまりなとか?」
【弥生】「そうだ…支度あるんでな…失礼するよ」
「ああ…」
弥生は俺に背を向けて歩き、人ごみに紛れて見えなくなる。
弥生は数年前まではつかず離れずの恋人同士だったが、数ヶ月前…おれのバカ正直な発言で決定的に別れてしまった。
彼女は俺に反発していたが、それに拍車をかけてしまっていた。分かれた直後はどうなったかは判らない。
ただ――彼女が無理という限界を超えて、行動しているのだけは判った――が、今の俺になにが出来る?その資格さえ有るかどうかも…
彼女はどこか突き放したような言動を取る度に――心が寂しく、虚しく何かがポッカリ抜け落ちたように感じるのは気のせいだろうか?
よそう…こんなこと考えても始まらないな…倉庫街に戻るか…


【倉庫街】
いつも閑散としている、倉庫街だ…最近再開発が進んでいるせいもあって、人気が少ない。近い内ここも取り壊されるだろうか?そうならない様、祈るだけだな…
そういや、数ヶ月前にあった怪しい貨車があったが…ないな。誰かが持っていったらしい。あれは何だったのだろうか?持って行った奴が、青白く光る人間になっていなければいいのだが…
ここでボーっとしてもいいが、意味ないしな…事務所に戻るか。
ガチャッ


【あまぎ探偵事務所】
ジリリリーン!ジリリリーン!
電話だ…しかし今日に限ってよくかかるな…依頼もこうだったらいいのだが。
おっとと電話だったな…
バタム!どたどた…


ジリリリーン!ガチャッ
「はい、こちらあまぎ探偵事務所…」
【受話器】「はろはろー」
ぎくっ…この声…この口調…このノリの良さ…俺の中で一番関りたくない奴だな…
「………法条まりなか?」
【受話器】「大正解!…でも、ぎくっ…てのは何よ…ずいぶん嫌そうじゃない?」
何?そんな事口走ってたのか?油断したぜ…
「…そんな事言ったか?」
【受話器】「言ってたわ。しかもご丁寧に『ぎくっ…この声…この口調…このノリの良さ…俺の中で一番関りたくない奴だな…』ってね」
俺の声を真似してからかう。
こいつ――法条まりなとは数年前の事件が縁で知り合った。俺のかつての恋人――弥生と親友だ。
とにかく内調きってのエージェントで、俺と互角に渡り合える。しかし――俺は正直言って、こいつが苦手だ。付き合い程度ならどうという事もないが、事ある ごとに俺を事件に巻き込むのだ。そういえば会うときは必ず事件を持って来ているような――そんな感じだ。
数ヶ月前にプリーチャーから殺されかけていた所を救出したが、手首の神経が切断される程の捜査官として致命的な怪我を負った。今はどういう事になっているのだろうか?
「ご丁寧に説明ありがとう」
【受話器】「どういたしまして。――で、何で嫌そうなのよ?」
「いや…何となくな。おまえから何かあると決まって事件を持ち込んで、俺を巻き込むからな…」
【受話器】「……それは置いといて…」
おいおい…それが人に…いや受話器に向かって言う言葉か?
【受話器】「それはともかくよ!氷室の事よ、氷室恭子。」
「…氷室がどうしたんだ?」
氷室恭子――法条まりなと同じく数年前に知り合った。まあ、法条とは全く違う形でだが。数年前から数ヶ月程前まではここ――あまぎ探偵事務所で働いてい た。数ヶ月前の事件を契機に弥生と別れた余波で、恭子の奴――落ち込んでいる俺を見て、『そんなの小次郎じゃないよ!あたしが知っている小次郎はもっと自 信に溢れていた…』これ以上ここに居られない…弥生に悪いからと――辞表を置いて勝手に出て行った。俺が悪いせいもあるのだが、何よりも…タイミングが悪 すぎた。気にはしていたが、生活の事で手一杯だったからだ。





【受話器】「氷室さんだけど、再び国家公務員の職に就く事になったわ」
「そうか――恭子は元気にやってるのか?」
【受話器】「やってるわ。私が国家公務員を薦めたせいもあるんだけどね。ともかく、一時期は大変だったわよ…」
「そうか…いや、一安心したよ。で、国家公務員のどこに就く事になったんだ?」
【受話器】「ここ」
は?ここ?
【受話器】「内調よ私が勤めているところの」
「なにい!?内調に?そりゃまた…」
恭子の奴…苦労してそうだな…よりにもよって法条と同じ所に就いてしまうとはな…
【受話器】「あによ、なにか文句有るの?言っとくけど、合法的に決まった事なんだから」
「おまえの口から合法なんて言葉が出るなんて、にわかに信じがたいぜ…」
【受話器】「…まあ、本部長がやった事だからいいんだけど…」
「それ、職権乱用になるんじゃないのか?」
【受話器】「世の中不景気で人員不足なのよ。しょうがないのよ…」
「人員不足か…それで思い出した。確か…おまえの上司が甲野という名前だったな」
【受話器】「ちょっと!何で本部長の名前を知ってるの?」
「数ヶ月程前だったか?ちょうど、おまえが入院したばかりの日だな。その上司が俺の所にスカウトしに来てたよ」
【受話器】「ええっ!?私が寝てる間に?スカウト!?…それでどうしたの?」
「断ったよ。俺は気楽な探偵家業が性に合ってるんでな…そう言ったらガックリきて、『残念だねぇ…』などとぼやいていたよ」
【受話器】「へぇ…あの本部長がね…」
「ああ…法条?用事がそれだけなら切っていいか?電話代が心配なんでな…」
【受話器】「相変わらずね。…まあ、探偵事務所が例外な所にあるのが悪いのよねぇ…じゃ切るわね」
プツッ!ツーツー
「あっ!?おいっ!勝手に言って切りやがって…」
ガチャッ


ばふっ
まりなの奴、心臓に悪い登場の仕方をするもんだ。寿命が少しくらい縮んだぜ。
……氷室、恭子か…全く心配して損したぜ…まさか国家公務員に復帰してるとはね。
全く――余計疲れた気がするぜ…もうすぐ夜だな…飯が待ち遠しいな。
まだ時間はあるが…後から時間調整出来るように、向こうに行っておくか。
事務所を出るぞ!
ガチャッ


【倉庫街】
陽がかなり傾いてる。今夕方に差し掛かろうとしている…しかしここら辺はいつ見ても変わらないな。
事務所の看板は幾分かグレートアップしている。白い看板に『あまぎ探偵事務所』…これじゃどこかの恐い事務所にも見えてしまうな…
バカな事考えていないで、セントラル・アベニューへ行くぞ!


【セントラル・アベニュー】
どんっ!
「うぉっ!?」
誰かにぶつかったらしい。
【少年】「す、すみません!急いでいるんで…!」
タッタッタ…
少年は一瞬顔を振り向くが、すぐに行ってしまった。
何だ?あのガキは…何を慌ててたんだ?いや――慌てているというより何かに追われていて怯えていたような顔だったな…
追われて――ん?誰も追っていないぞ…どういうことだ?それにしても妙な服装だったな…あれはどこかで見たような――そうだ、病院の重症患者の着るような服だな。今時、病院を抜け出すような人がいるのか…――まあいい、俺様には関りの無い事だ。


ここらへん一帯はこの街一番の繁華街だ。
中央にそびえたっているのがかつてのプリンセスホテル。今は総合商業テナントになっているが、そのビルの名前が異様に長く読みにくいの為この辺住民は『旧 プリンセスホテル』と呼んでいるらしい。しかし、ホテルじゃなくて商業テナントなんだから、こういう読み方しなくてもいいのに余計わかりづらいぜ…
旧プリンセスホテルへ行くぞ!


【旧プリンセスホテル】
ガー……
やたらと背の高いガラスの自動ドアが開く。
おお…昔より賑わってるな。そういや一年半程前は、繁華街の拠点はここじゃなかったんだよな…確かアジアインポートタワー…だっけ?そこで爆破があって… 射殺があって、いろいろ不祥事が発覚して、アルタイル・コーポレーションは事実上運営は不可能となってインポートタワーは他の企業に売却されて以来、人気 が無くなったんだ。
それに代わって、ここは本来は廃れて普通の商店街になってしまうはずが、旧プリンセスホテルを買収した企業が契機とみて大々的に広告を流して、商業規模を拡大したらしい。そのせいか、ホテルの時より人気のでるスポットと化している。
それにしても、このロビーはやっぱりでかいな…ガラスも相変わらずだ。
ここで突っ立ってても疲れるだけだから、そこら辺に座るか…


ぎぎぃっ…みしっ
なんだ…?やけにキシキシいう椅子だな…大丈夫なのか?客にこんなの座らせるなんて、サービスの悪い…
【・・・】「ぶ〜〜」
ドンッ
「おわっ!?」
【・・・】「ぶ〜〜」
どすどす…
「…………」
太ったウェイトレスが――って、なんでここで働いているんだ!?あーあ、コップに少しヒビが入ってる…もうちょっと普通に置けないのか?
置けないんだろうな…何せ何年間もこの調子しか見てないからな。
ここは何の店だ――『パラソルカフェ』?…ビルの中にパラソルなんか要るのか?
どすどす…
おわっ…ま、また来たぞ…
【ウェイトレス】「ご注文。ぶ〜〜」
「悪いな…ここで待ち合わせてるんだよ」
【ウェイトレス】「ぶ〜〜」
どすどす…
まさか…バイトの掛け持ち?だとしたら、ここも来にくくなるな…


……………遅いな…しまった。ここに居るより他の所で待ってりゃ良かったかな…
【・・・】「ハイ、小次郎。待った?」
「ん…ああ、茜か…ずいぶん待たされたぞ。感謝しろ」
【茜】「あははーそれだよ。それを聞かないと小次郎に会ったって気がしないもんネ」
「お前、俺を何だと思って…」
【茜】「暇人。」
………そうだった…思い出したぞ。茜は元からこういう奴だったんだ。
「…ところで、いつものカメラはどうしたんだ?」
【茜】「カメラ?」
キョトンとする茜。それで思い出したように悪戯っぽい顔を浮かべる。
……久しぶりのいつもの顔だな。
【茜】「へへーん。こーれは何かわかるかな?」
「……ネクタイにみえるな」
【茜】「でしょ?ネクタイに見えるけど、実は違うんだヨ。これはね――……」
しまった…こいつ、カメラ馬鹿だったんだ。説明が専門家の講義並に長くて俺にはとてもついてけん。
「あーあー、判ったから概要だけ言え。」
【茜】「駄目だよ小次郎。説明を聞かないと判るものも判らなくなるヨ」
「それでもだ。概要をまとめて言え」
【茜】「わかったヨ…つまりね、これはデジカメなのっ」
「デジ亀?」
とぼけてみせる。茜は呆れた顔をして現物を見せる。
【茜】「いい!?これがデジタルカメラ。これはこれまでのカメラと違ってサイズが小さいし、何よりもシャッターの音がしないから、極秘や危険な場所でのス クープに役に立つの!ああ…このズーム性能、最高画素数、あらゆるシャッターチャンスを逃さないオートフォーカス…ああ、ボクのかわいいカメラちゃん…」
やばい…茜が暴走しちまった…これは止めないと…
「わかったから、落ち着いてくれ茜」
【茜】「はぁはぁ…疲れた。あっ、ウェイトレスさーん注文しますー」
おっ…おい…
どすどす…
【ウェイトレス】「ご注文。ぶ〜〜」
【茜】「う〜ん…あっ、じゃあ紅茶。小次郎は?」
「あ。ああ、そうだな…ハウスサンドウィッチを二つ、コーヒーも」
【ウェイトレス】「ぶ〜〜」
どすどす…
…寡黙だが違う意味で騒がしいな…
【茜】「…ちょっと小次郎!おごるのはいいケド、なんでサンド二つも頼むんだヨ!」
「いいじゃないか…この一日まるまる、飯食ってないんだ。」
【茜】「何それ…数年前の事件で有名になったはずでしョ?」
「そうなんだが、ここんとこ依頼がめっきり減っちゃってな…今は貯金が危うい状態なんだ」
どすどす…
来たな…なんて判りやすい登場の仕方だ…
【ウェイトレス】「ぶ〜〜」
コトッ…
【茜】「あっ…どうも…」
おっ…?珍しく静かに置いたぞ…
どすどす…
「…………」
【茜】「あのさ、小次郎…」
「ん?どうした」
【茜】「あのウェイトレスさん、見かけと違って寡黙な人なんだネ」
そ…そうか?俺には少なくともそうは思えんが…
どすどす…
俺の番だな…茜の時と同じようにしてくれれば――…
【ウェイトレス】「ぶ〜〜」
ガチャン!ガチャガチャ…
「…………」
テーブル上にコーヒーとハウスサンドの乗った皿二枚が乱暴に置かれる。
どすどす…
あーあ…コーヒーが少しテーブルに飛び散ってる…サンドの中身も今にもぶちまけそうだな…皿のふちが欠けてるし…
【茜】「………あっ…なるほどね〜」
乱暴に置かれる様を見て硬直していた茜がにやりと笑う。なっ…何か言いたそうだな…
「なるほどって…?」
【茜】「あのねぇ…あのウェイトレスはね、小次郎に惚れてるんだヨ…」
やめれえぇ…言うと思ったぞ…
「あたた…頭痛がする…」
【茜】「大丈夫?早く飯食って帰って寝たほうがいいヨ」
何言ってやがる…この頭痛はお前のせいに決まってるだろ…
「いや…大丈夫だ。そういや、国際部に異動されたって話――」
ムシャムシャ。おお…腹が段々満たされてゆく…
【茜】「そうそう、その話だったよネ――」
俺が飯を着々と消化している間、茜は国際部で遭遇した出来事を話していた。
どうやら色々な所でスクープをモノにする反面、危険を伴うスクープの体験をしたらしい。もちろんどんな危険があろうとも茜はカメラを手離さなかったほどの情熱も感じられた。
【茜】「まあ、あの時はさすがに冷やりとしたけどね…」
「へぇ…大変だったんだな…まあ、茜のことだから、ハイエナ並の嗅覚とゴキブリ並みの生命力はあるから助かったようなもんか?」
【茜】「このかわよい乙女を捕まえて――ん?」
ごそごそ…ジーンズのポケットに手を突っ込んで何やら取り出している。
「誰が乙女だって?……どうしたんだ?」
【茜】「編集部から呼び出しなのっ!ここの払いよろしくっ」
ガタンッ
「おいっ!払いって…奢ってくれるって約束はどうしたっ!?」
そそくさと出て行こうとする茜を呼び止める。
【茜】「あははーっ御免ごめん忘れてたヨ。時間無いから、四千円渡しとくねっお釣は要らないから…じゃ小次郎、せめて生きていてくれヨ。四年前の五十万円アテにしてるからネ!」
茜から四千円渡される。
どたどた…
……相変わらず騒がしい奴だ。それにしてもあいつ…よく四年前の約束よく覚えていたな…ハイエナ、ゴキブリじゃあ割に合わないな。


……ここに居てもやる事無いしな…出るか。
ガタ…
レジに行くが…あのウェイトレスが居座ってる。
【ウェイトレス】「ぶ〜〜」
それしか言えないのか…?
ばさっ…
【ウェイトレス】「ぶ〜〜」
俺は手を差し出した。お釣りの催促だ…
ばしっ。ちゃりーんちゃりん…
「……」
またか…今度はお金をぶちまけるなんて思わなかったぞ。どきどきこいつの行動が判らなくなる――いやすでに意味不明か?
あーあ、小銭が散らばってる…くそっ取れない所にもあるぞ…こいつ、俺になんか恨みでもあるのか?
まあいい、勿体無いが…諦めるしかないな…
俺は旧プリンセスホテルを出る…背後に「ぶ〜〜」と声がしたが無視した。


【セントラル・アベニュー】
パラソルカフェは散々だったな…今後は近づかないよう注意しとこう…
辺りを見回す…夜のセントラル・アベニューだ。
すっかり夜だな。月夜に照らされた街が俺を取り囲んでいる。
向こう側のオフィス街は不夜城の如く灯りが燈されている。
そろそろ――帰るか…
俺は倉庫街に向けて足を進めた。


【倉庫街】
いつも光が乏しい倉庫街だ。向こう側にあるセントラル・アベニューの明かりが深遠の色を帯びた海面を煌びやかに反射する。
カップルのデートスポットとしては上々だが、倉庫街の雰囲気がそれを相殺しているな。
さて…ここに居ても寒いだけだな…戻るか!


【あまぎ探偵事務所】
ガチャッ…バタン


ばふっ
ベッドに仰向けになって転がる。
………
ふぅ〜…さて、今日あった事を考えるか…
今日は妙に色々あったな。依頼もこの調子だったらだいぶ助かるんだが…
それにしても――茜か、数年振りだな…まりなみたく事件を持って来るような性格にならなきゃ良いんだが。いや――スクープ事件をいつも追ってる奴のことだ…いずれ持ってくるだろう。ただでさえハイエナみたいな奴だからな。
弥生…大丈夫だろうか?数ヶ月前…自力で事務所を盛り立てる、俺の力なんか借りないと言っていたが…
まりなか…あいつが電話掛けてくるようじゃ、ここの電話はダメだな…そろそろ電話番号書き換えるか…いやその前に依頼こなさないといけないな…
バーのマスター…雲隠れをやめたらしいな…ただ、まだ警戒していたな。銃の返却が一週間後か。返って来るまでに厄介な事が起こらなければいいが…
もう、考える事は無いな。明日は何時もの日常がくる…明日に備えて寝よう…


ごろっ…バチン
周囲が暗闇に変わる。暗闇が心地よい睡眠を作り、それに身を委ねた…



ADAM -The affair after- 【小次郎編――了】