「FOR ADAM」 「さあ、まず最初はどこからいこうか・・」 「お望みの場所を言いなさい、その通りにしてあげよう」 私、法条まりなを見下しながら笑うすらりと背の高い白人男性。年は中年ぐらいだ ろうか、体つきはがたいがいい白人連中に比べればかなり細いほう、しかし体つきは 極限まで絞れており、無駄な脂肪など一切ついていないことが分かる。この年でこれ だけの体を維持できるのだから日頃の摂生をよほど怠ってなかったのだろう。 その男、プリーチャーは私を見下す。 私は喉が渇きからからになる。冷や汗が出て止まらなくなる。心臓がバクバク いっている。プリーチャーから目をそらすことが出来ない。一瞬の隙を作れば文字通 り死ぬ。 いくら平和な日本とはいえそれなりの、いえ、かなりの修羅場を今までくぐってき た。だけど一級捜査官としての生活でこれほどの恐怖を恐怖を感じたのは今まで皆無 だった。 「小次郎・・早く来て・・」 こんなセリフらしくない。人に助けを求めるなんて・・こんなに弱気になるなんて 無かった。 しかし今回は相手が悪すぎる。 プリーチャー、殺人や拷問を快楽とする史上最低のゲス野郎。ユカちゃんの両親を 惨殺したのもこいつ。許せない。だけど・・・・・・ 人を殺し慣れている人間の怖さというのは計り知れない。今キレている少年なんか が問題になっているみたいだけど、そんな物とは桁が違うのだ。あんなものは少し 突っつけばいとも簡単に壊れる。 だがこの男は違う、狂気を承知の正気。 どうする?動けない・・・・・もしここであいつが動いたら・・・ しまった!! 一瞬弱気が表情に出てしまったことが分かる。それを悟ったのか同時にプリー チャーは笑う。その笑いにぞっとする、これがあんな残酷な殺し方を平気で出来る笑 顔なのだ。 そしてナイフをかざし、私に向かってきた。 |
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「は!!」 私は病院のベットから飛び起きる。 「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」 私は額を拭う、汗がびっしょりつく。そのとき私の目に時計が目にはいる。 「何・・まだ午前三時じゃない・・」 私はベットの横に寝ているユカちゃんの顔を見る。かわいい寝顔ですやすや寝てい る。その無邪気な顔を見ていると思わず笑みがこぼれる。 「いつっ」 私は右腕を押さえる。そうプリーチャーにやられた右腕だ。 私はあの後プリーチャーに襲われ、右腕の神経を切断されるなどされ重傷を負う。 そして小次郎に助けられ、病院に運ばれた。そして私はすぐに手術され、どうにか切 断された神経はすべてつながった。しかしだからといって元通りになるわけじゃな い。 医者は切断された右腕の神経が元通りになる確率は20%ぐらいだといってい た。私は今リハビリに専念している。激しい傷みと共に非常につらいがそんなことは いってられない。これぐらいの苦痛、ユカちゃんが受けた精神的苦痛に比べれば屁で もない。 私はベットに横たわる、そして天井を見つめる。 あの時の夢を見た。 あの夢を見ると私は激しい悔しさに襲われる。正直、結果だけを見れば恐怖で何も できなかったのだ。なおかつ一般人に助けられると言う大失態。日本トップの一級捜 査官とあろう物が・・・。 確かに教官生活で長い間現役から退いていた。しかし勘が鈍ったなんて事はなかっ たと自分では思っている。 だからよけいに悔しいのだ。 私は目をつぶる・・・そして心に誓う。 「この事件はまだ終わっていない、絶対に私が解決してやるわ!」 「はいまりなさん、あーんして」 ユカちゃんは病院食を私の口に運ぼうとする。 「ん」 私は口を開けてそれを食べる。 「おいしい?まりなさん」 「おいしいわ、ありがと」 私は口を動かす。その間ユカちゃんは何も言わない。ただ私をじっと見つめるだ け。 「ユカちゃん、まだ気にしているの?」 突然の私の言葉にユカちゃんはぴくっとする。やっぱりそうか、私がこの怪我を 負ったのは自分のせいだと今でも思っているのだ。 私は今までユカちゃんのせいではないとさんざん言ってきたのだけれど・・ユカ ちゃんは気にしてか放課後必ず私の所に来て世話をする。 私はそんな彼女を見るのがつらい、ユカちゃんのせいじゃないのに、むしろユカ ちゃんは被害者なのに・・私が怪我をしたのは私のせい、自分の失態だから・・・ そのとき、部屋をノックする音がする。 「はい」 「まりな君か?僕だ」 「ああ、本部長、どうぞ」 ドアが開き本部長が顔を出す。 「ヤッホーまりな君、元気?」 「プリーチャーにやられたところ以外はね」 「それだけいえるなら大丈夫だな」 「ほらまりな君、お見舞いの品」 そういうと本部長はメロンが入った箱を置く。 「うーん、花もイイかと思ったんだがね、やっぱりまりな君には花より団子だと思っ てね」 いたずらっぽく微笑む本部長。フフ、私を励まそうと相変わらずだ。 「まりな君やせたね?カロリー計算されている病院食のおかげかな?」 「あらそう、びじんになった?」 「まりな君はいつでも綺麗さ」 「あら何それ?口説いているの?」 「実はそうなんだよ、どうだい今晩」 へっへっへと笑う本部長。親父ギャグだ。一方私たちの会話にユカちゃんは困った 顔をしている。 「で、本当の用件はなに?」 「さすがまりな君だ、鋭いね」 そのとき本部長は目配せをする。成る程ね、そういうこと。 「ユカちゃん、悪いんだけど席を外してくれる?」 「え?あ、はい」 そういうとユカちゃんは怪訝な表情で外に出ていく。ごめんね、邪魔な訳じゃない んだけど・・・私たちの職場が職場な物だから・・。 それにしても・・・・・本部長がここに来たわけはだいたい分かる。おそらく私の 進退問題だ。 「本部長、私に首を宣告しに来たの?」 私はちょっとあくどく聞いてみる。しかし本部長はそれを真剣な表情で答える。 「いや、それはない、もう一度教官に戻ることもできるよ、僕が便宜を図る。君の現 役時代の成績を見れば嫌とはいえんさ、リストラされる心配はないよ」 ふ−ん、本部長も苦労しているんだ。 「だいぶ私の進退問題で苦労しているみたいね」 私の問いに本部長はくすっと笑う。 「それはね、右腕の使えない捜査官など使い物にならん!という意見が多くてね、香 川君をはじめとする本部のお偉方の風当たりは強いようだねまりな君」 「今に始まった事じゃないわ、その連中にとっては今回の事件は私をおとしめる絶好 のチャンスですものね」 「そうふてくれされるものじゃないさ、つまり、私が今日来た理由はそれだよ」 そういうと本部長はコホンと咳払いをすると真剣な顔になる。 「法条一級捜査官、君に捜査官復帰の意志はあるのかね?」 と、業務口調で話しかける本部長。一見ギャグ臭い会話だけどその真意は深い。 「フフ、私を誰だと思っているの本部長?」 私は笑う。私の答えに本部長は満足したようだ。 「でも大丈夫なの?本部長の首とか・・」 「まりな君、私を誰だと思っているのかね?」 本部長も笑う。確かにそうだ。この人はかみそり甲野と呼ばれたほどの切れ者なの だ。 「分かった、じゃ、そういうことで話を進める」 「それとだ」 そういうと本部長はそこで言葉を切る。 「凶報だ、プリーチャーが脱走したよまりな君」 「!!」 私は驚く、まさか!!小次郎が射殺したと思ったのに・・・。もちろん報告書は本 部長の協力で私が射殺したことになっているけど。 「私も信じられんよ、検察医が心臓停止を確認したのに・・・」 「どんなトリックを使ったの?」 「心臓停止をどうごまかしたのは知らないが、我々の中にユダがいることが分かっ た」 「ユダ?」 「裏切り者だよ、君も知っているはずだJCIAの平井だ」 「!!」 またも私は驚く、あの平井が!?何で!? 「今彼は!?」 「殺されて路上で放置されていたのを発見されてた。肝臓を綺麗にえぐられてね、あ まりに見事な刺し傷から同一犯の物と断定、死亡推定時刻は三日前の夜、つまりプ リーチャーがいなくなった直後に殺されていることになる」 私は本部長の話を聞いて呆然となる。 「本部長、平井を雇ったのは誰?」 「それについては全然情報がなし、だが・・・・推測は出来る」 「?」 「まりな君が刺された所の近くに、安藤会社の社長宅があってね、そこで四体の死体 が発見された」 「よ・・・よんたい・・・」 私は愕然とする。それでいてまたプリーチャーに対しての憎しみがわく。何であの 男は平気で人を殺すことが出来るのだろう?人の幸せを奪っておいて・・・。 「一人は安藤会社の社長、安藤左衛門、その秘書の来栖野亜美、そして養女の安藤美 佳と美紀だ,まあ安藤は医者の診断書では事故死という風になっているが本当のとこ ろはどうだかわからんよ」 「それで」 「プリーチャーによる殺人事件と断定されたこの事件は、JCIAと我々内調が会社と家 宅捜索 をした。その際に・・・出てきたんだよ・・」 「何が?」 「結論から言おう、安藤美佳と美紀は・・・・・イヴだ」 「!!!???」 私は言葉を無くす・・・・・・イヴ・・・・イヴと言うことは・・・・・・・・真 弥子ちゃん!? 「ほ、本部長!!」 「落ち着き賜えまりな君、家宅捜索をして分かったのだが、安藤は元エルディア情報 部の人間」 そこでまた驚く、エルディア情報部・・・桂木源三郎・・・弥生の父親・・・かつ て私が愛した男。 「どうしたまりな君?」 「ううん、何でもないの続けて」 「わかった」 「こういういいかたは何だが、安藤が死んでくれたおかげですべての殺人事件のフラ グがつながったよ。プリーチャーは平井を介してエルディアの誰かに雇われてい た。 そして何かの目的で殺人を実行した・・・・」 「目的って?」 「それはわからん、だが殺された人間すべてがエルディアに関係しているのを見て・ ・・また何かエルディアで起こっていると見てまず間違いない」 「・・・・なんて事・・」 私は悲しくなる。何で何でいつも真弥子ちゃんは犠牲になるのだろう。ロストワン の 事件でなくなったって聞いて・・・ 「本部長私を」 「駄目だ」 「何で!!」 「君の言いたいことは分かる、だがこれは国際的な問題だ。我々個人が介入できる範 囲を超えている。特に今の君の立場は非常に微妙だし、第一手術も終わったばかりで リハビリもしていない状態だ。こんな状態で何が出来るんだ?」 「・・・・」 私は何も言い返せない。悔しいが本部長がいっていることはすべて本当だ。今の私 にはどうすることもできないのだ。 「分かってくれたまえまりな君。僕も何とか便宜を図りたいのだが・・そうも行かな くてね、だが」 「それについて一つ提案がある」 「何?」 「まりな君、君が治ったら僕と極秘に連絡を取り賜え、そしてプリシア女王と連絡を 取るんだ」 そのとき私はぽんと手を鳴らす。成る程、そういう手があったか。 「さすが本部長、外務省を通じて内調に警護要請を出させるきね?」 「その通り、中東の小国とは言え一国の女王の直接の警護要請、国の関係から考えて 日本政府が断るわけがない、君は大手を振ってエルディアにいけるよ」 「うん、分かったそうする、ありがとう本部長」 「礼にはおよばんさ、僕は何もしていないんだからね」 「あそうそう」 そこで本部長は思いだしたようにつぶやいた。 「天城君もその際には連れていった方がいいな」 「小次郎を?」 「そうだ、おそらくその任務は熾烈を極めると思う、天城君と協力してやって欲し い、僕の個人的判断だがね」 「うん分かった、そうする」 「そういうことだ、じゃあねまりな君、僕は仕事に戻るよ」 そういうと本部長は外に出た。私は今の本部長のアドバイスを聞いて俄然やる気が 出てきた。絶対になおしてエルディアに行く!! 私はそう誓う。今度こそこの任務をやり遂げてやるわ!! |