「EVE」
雨が降っている・・・・確か今日の天気は一日中雨だといっていた。おそらくやむ ことはないだろう。 だけど雨はいつかやむ、そしてはれる、そしてまた雨が降る。 その繰り返し・・・・何も変わらない。 おそらく千年も、二千年後もこれは変わらないだろう。 人がたくさん歩いている、それを見ているとよくもまあこれだけ人がいる物だ。み んなそれぞれの人生を歩んでいる。 無論この中には明日死ぬ人がいるかもしれない。だがその人が死んだでもまた普通 に明日が来る。 何だ・・・・人の死とはずいぶんあっけない物だ。 「ふーーーーーーーーーーーー」 僕は長いため息をついて椅子に座る。今ようやく報告書を完成させたところだ。報 告書自体はあっけない、一日あれば出来てしまった。 僕、つまり甲野三郎は今例の真弥子君の事件の報告書をまとめたところだ・・。 あの事件からもう既に数日が過ぎた。今はようやく一段落したところ。 今回の事件は実に悲しい事件だった。まりな君は現在出頭命令を無視して家に閉じ こもっているよう。今は有給休暇で何とかごまかしてはいるが・・いつまで持つこと やら・・。 僕は時々自分のしていることが恐ろしくなる。あれだけ悲しい事件も、報告書にま とめてしまえば単なる紙切れ。そしてそれは受理され、いつかは資料室のどこかに入 れられ、誰の目にも触れられることはないだろう。 人の死・・・・この仕事をしていてそれが何ともあっけない物に思えたことか・・ ・・それがあっけなく思えると今度は生きている事自体があっけなく思えてくるので 達が質が悪い。 この仕事を選んだことを後悔していないが・・時折それで悩むことがある。 そう考えて僕は椅子に寄りかかり目をつぶるそのとき プルルルルルルルルルルルル 内線がかかってきた。僕はそれをとる。 「はい、こちら内閣調査室」 「ん・・・・・・・・・」 カーテンから漏れる日の光が目に入り、目を覚ます私こと法条まりな。なかなかイ イ目覚めじゃない・・ 私は布団から時計を見る。時刻は午後の1時、もう昼だ。 だが私はもう一度寝ようとする。起きているのが嫌なのだ。 起きていると・・・・・真弥子ちゃんのことを思い出すから・・ 海に消えていった彼女、それを思い出すだけで私は涙があふれてくる。何であんな いい子が・・・・ その時私の電話が鳴る。当然私は出ない。もう何をする気にもなれないのだ。 何回かコールされた後留守番電話に切り替わる。 「はい法条です、ご用の方はピーという発信音の後にメッセージをどうぞ」 ピー 「まりなく−ん、僕だ甲野のだ」 脳天気な声、我が麗しき上司、甲野本部長だ。 「起きたまえまりな君、そこにいるんだろ?分かっているよ僕は」 「うるさいなー」 私はそうつぶやくと布団に潜り込む。 「ふー、まりな君、この電話に出ないと後悔するよ」 「・・・・」 本部長は黙る。私は無論でない。 「やれやれ、僕がこういっても出ないかい?」 「エルディア大使館からの出頭要請が出ていると聞いても?」 その瞬間私は飛び起きる、急いで受話器を取る。 「本部長!!」 「やっと出てくれたか、遅いよまりな君」 「そんなことイイからどういうことよ!!」 「ちょっと落ち着き賜えまりな君、ここじゃ話せないよ、内調に出頭してくれ」 「分かったわ!!」 わたしは受話器をたたきつけるときが得て飛び出すようにして家を出た。 「では次のニュースです」 とある探偵事務所でテレビの放送が流れる。 「エルディア王国の女王に即位したプリシア女王は即位に協力してくれた日本内閣総 理大臣と外務大臣を訪問しました。これによりエルディアと日本は友好関係になり、 対外関係も大いに発展すると好適な視点が強まり、今後の動向が注目されます」 「では次のニュースです」 そのとき、俺、天城小次郎はテレビを切る。そしてソファに横たわった。 俺らはトリスタン号から救助され、日本政府に保護された。そして事情聴取を受け た後釈放。今回のことは口外するなとの堅く口止めされた上で、それ以来、真弥子が どうなったかは知らない。おそらくプリンの奴がエルディアに持ち帰ったと思うのだ が・・そこら辺の情報は俺らには一切入ってこない。まったく、なめらたもんだぜ。 あれほど巻き込んでおいて、まあ俺から首つっこんだ訳だが・・。 今はあれから何の音沙汰もない。そのとき、一緒に見ていた氷室が口を開いた。 「プリシア女王、これからいろいろ大変ね」 そういうと氷室は俺の横たわっているソファに座る。 「ああ、これからもっと大変になる。政治は汚いことだらけだ。そういう意味ではプ リンは純粋すぎる。壊れなければいいが・・」 「あら心配なの?」 氷室は俺の顔をのぞき込む。 「当然だろうが、あいつの付き合いは短いがものすごく濃かったからな」 「ふーん」 意味深な顔をする氷室、どうしたんだろう? そのとき、事務所のドアが開く音がした。俺と氷室はそこへ目をやる。 そしてそこに立っていた人物に驚く。 「ま・・まりな・・・」 様々な大使館が並ぶ、別名大使館通り。そしてそこに、俺とまりなの目的の大使 館、エルディア大使館がある。 俺はふとまりなに目をやる。まりなはさっきから何も言わない。こんなにも静かな 彼女を見るのは初めてだ。まあ、昨日今日知り合ったので当然といえば当然なのだが ・・・。 しかし驚いたのはこっちだ。 「はろはろー、元気?」 まりなは俺らに笑いかける。しかしその表情にはどこか愁いを帯びている。という より顔に精気がない。 「よ、よお・・・どうした、珍しいな、お前がこんな所に来るなんて・・」 思わず俺は声がどもってしまう。 「小次郎、あなたにエルディア大使館から出頭要請が来ているわ」 いきなりさらっと言うまりな、俺は一瞬呆気にとられる。エルディア大使館から要 請?一般人の俺にか?ということは・・・プリン・・プリンか!! 「ま、まりな!」 俺は声のテンションがあがる。まりなもそれを察する。 「さすがに察しが早いわね、私たちに出頭要請を出したのはプリシアよ、まさか、行 かないなんて言わないわよね」 というわけで俺は今ここに来ている。それにしても懐かしい、懐かしいとはちょっ と語弊があるが・・・ここに氷室と忍び込んだことがあったのだ。ま、最終的に御堂 に見つかり命からがら逃げてきたのだが。 まりなは門の前に立っている小さな守衛室にいる守衛と何かを話す。すると内部に 連絡を取り、中にはいるよう支持したのが分かる。 まりなは俺の顔を見ると、中にはいるよう手を動かす、俺はそれに従い、中に入っ た。 中に入ったそこには黒服の男が一人立っていて、俺らを見ると近づいてきた。 「法条まりな様と、天城小次郎様ですね?」 俺は頷く。 「このたびは出頭に応じていただきありがとうございます。まずはこれをお受け取り 下さい」 そういうと黒服の男は懐から二つの航空チケットを取り出すと俺らに渡す。 「エルディア行きの航空チケットです。今回は外交官としてあなた方お二人にはエル ディアに飛んでもらいます」 「法条まりな様は外務省を通じ、内閣調査室に正式に要請をしました。あなたの行動 は公式訪問であり、外交官の権限を有します。天城小次郎様はプリシア女王からの臨 時要請であり、本来の探偵業務から外れてしまうためその補償金として一日十万円が 支給されます」 「一日十万?すごいな」 「今日の夜の8時の飛行機です。それまでに身支度を済ませて下さい」 「向こうに着いたらまずは日本大使館と手続きを済ませて下さい」 と、一通り外交官としてのレクチャーを施す黒服。成る程、確かに公にはできんわ な。 俺はちょっと質問をしてみる。愚問なのだがとりあえず聞いておきたい。 「今回の俺らの出頭の理由は知っているかい?」 「・・・・」 黒服は黙って俺を見る。 「ま、理由はだいたい想像つくがな、ここではいえないことなのかい?」 「・・・・」 黒服は黙って俺を見る。成る程成る程、必要ないことは一切しゃべらないか、政敵 を警戒したのか?確かにこういう奴らは敵を落とす策を弄することは厭わないだろう だからな。そういう意味じゃこの黒服は忠実な部下と言うところか? 「私からの説明は以上です。失礼いたします」 そういうと黒服はきびすを返し奥の方へ消えた。 「小次郎」 まりなは不意に俺に話しかける。 「私はもう内調で事前に知らされても身支度は整えたの、じゃ、7時半に出発ロビー で待っているわ、ついたら携帯に連絡ちょうだい」 「あ、ああ」 曖昧に頷く俺。どうもトリスタン号であった雰囲気とは全然違う。 そこで俺とまりなは別れた。 私は外を見る。そこには雲が広がり、ちょっとした幻想の世界を作り出している。 とても綺麗だ。 私は今エルディアへ行く飛行機に乗っている。あの後私達は飛行機で合流し、登場 した。 無論、プリシア女王の用というのは真弥子ちゃんのことでだろう。 私は救出された後真弥子ちゃんがどうなったか一切知らされていない。本部長から プリシアが引き取ったとしか聞いていないのだ。今、彼女はどうしているのだろう。 生きているか死んでいるかも分からないのだ。 私は隣に座っている男性。天城小次郎に視線をやる。彼は機内食を食べ静かな寝息 を立てている。私の親友弥生の恋人。女にはだらしないがかなりの切れ者で話してみ てそれが十分に分かった。不思議な男。 彼もまた真弥子ちゃんのあの時の姿を見ている。彼があの時どう思ったのはか知ら ない。 私はまた視線を外に戻す。相変わらず景色は綺麗で、そして平和である。あの事が あってから時折今自分のしていることが夢のように感じることがある。 私は目を閉じる。ここの所ベットには入っているが眠りが浅くよく寝れていない、 いつも眠いのだ。 エルディアに到着した俺らは大使館により所定の手続きを済ませエルディア王宮に 到着した。そして・・・ 「小次郎・・・・」 俺とまりなの目前にドレスに身を包んだ。綺麗な女性が登場する。かつて短期間俺 の事務所に居候していた奴だ。 「久しぶりだな・・プリン」 「はい」 プリンは感慨深そうな顔で俺を見る。 そこでしばしの沈黙が訪れる。お互い何を口に出していいか分からない。そんな雰 囲気が流れる。 そのときプリンが口を開いた。 「小次郎・・まりなさん・・・・こちらへ来て下さい・・・」 俺らは言われるがままプリンの後に付いていく。 そして私たち二人が案内されたのは大きな、なにやら講堂のような所だった。殺風 景な印象を受ける。そして・・・そこの中央に何かがあった。プリシアはそこへ行く よう支持する。 そして・・・・・その中に・・・・居た・・・人を見た。 途端に私は涙があふれてくる。 「ま、・・・真弥子ちゃん・・・」 俺は真弥子を見つめる。それにしても驚いたのは真弥子のその表情。なんと安らか な顔で眠っているのだろう。こっちまで気持ちが穏やかになっていくような・・・・ そんな顔だ。 鮮やかな金髪・・・・・・トリスタン号で最後に見たあの姿そのまんまだ。 「プリン・・・真弥子は生きているのか?」 俺の問いにプリンはちょっと複雑そうな顔をする。 「生きていることは・・・生きています。だけど・・真弥子さんを包んでいるこの液 状の物が生命維持装置になっていて・・・それをはずすと真弥子さんは数時間ぐらい しか生きられません。今の技術で・・真弥子さんを助けるすべはないのです・・その 技術が出来るまで・・・彼女は眠り続けるしかないのです」 プリンは苦しそうにしゃべる。そう・・・みんな気持ちは一緒なのだ。 俺はこのとき真弥子にトリスタン号で求婚されたことを思い出した。そうだ・・あ の時真弥子は自分の正体がなんなのか・・分かっていたのかもしれないな・・だから 自分が存在したという証を・・・・・俺の求婚という形で表したのかもしれない。 「真弥子ちゃん・・・笑ってる・・」 まりなが不意にしゃべる。彼女の顔は涙で濡れている。まるで娘を見ているような 顔をしている。俺も真弥子を見る。 そして天を仰いだ。 彼女は何も望んでいなかった。ただ普通で・・・友人に囲まれて過ごすことを望ん だ。贅沢か?贅沢な望みなのか?そんなわけがない、もっとも欲が無く・・・誰しも 与えられる平凡な望みだ。 幸せをというのは得てして実感できる物ではない。その幸せが離れて初めてその幸 せを実感できるのだ。 そういう意味では悲しい存在だよ人間は・・。 「ああ、分かった、そのように処理しておく・・」 僕、甲野三郎は報告書を机に置く。僕の報告書は受理され今はお偉方が目を通して いるだろう。あの事件は軍事的にかなり有効なことだ・・・おそらく・・・・ゆっく り・・・真弥子君を眠らせてあげることは出来ないかもしれない。 そういう存在だ人間は・・ 願わくば・・真弥子君がまたいつか・・・笑って過ごせる日が来るように。 |
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