ヴァレンタインオブイヴ |
波が今は使われていない波止場にうちたつ。 ここはとある倉庫のすぐ外にある波止場。そこで体育座りでぼーっとしている一人 の長髪の男が居た。 「ひまだ」 誰に聞かせるわけでもなくその長髪の男はつぶやく。時間で言えば午後三時。 日は少し傾いており少し赤い。今日は二月十四日、まだまだ春は遠く日が落ちるの がものすごく早い。当然気温も寒い。こんな寒い中この男は一人で何をやっているの だろう。 そのとき、突然その男は立ち上がり海に向かって叫んだ。 「うおおおお!!この天才名探偵天城小次郎様がこんなところで埋もれてよいのか! ?いやよくない、そうよくないんだーー!!」 周りから見れば危ない人にしか見えないだろう。だがそんな心配など無用だ。元か らここに来る人間などそうそう居ないのだ。 そう俺の名前は天城小次郎。かつてはこの業界ではトップの事務所のトップの探偵 だった超腕利き名探偵。 しかし・・・しかーーーーーし!!・・・どこをどこで間違えたのか、ライセンス は停止になり今は廃屋同然の倉庫に事務所を構え食べるのに苦労するほどの生活を 送っている。倉庫もかなり古いだけ合って家賃は激安。都内でこれだけの広さと安い 家賃なのだからさぞかし皆にはうらやましがられるだろう。ハッハッハッハ! やめよう・・・・。 だが腕利きとははったりではないぞ!なんといっても俺はあのエルディア王位継承 事件で女王プリシアを守ったこともあるのだ! だったらもっと客は来ても良いんじゃないかと思っている君!甘いぞ。国の問題と いうのはいろいろ難しいらしくこのことは公表は出来ないのだ。だから俺様の力など 世間に知らせることも出来ず、結局何が変わったというわけではない。 といっても、あのことは俺は絶対に公には公表して欲しくないと思っている。それ にあの事件を俺の宣伝に使おうなどとは毛ほども思っていない。つまりさっきのは愚 痴だ。気にしないでくれ。 ちなみになんでこのクソ寒い中ここにいるかというと暇で暇ですることがあまりに もないので海を見ているのだ。母なる海とはよく言ったものだ。寒いが見ていてなか なか飽きがこない。人間のDNAというやつか? それにあんな中で一日中過ごしていると気が変になってしまいそうだ。住めば都と いうが限度があるぞ。 そのとき、俺の視界が真っ暗になる。 「だーれだ?」 俺の背中から女の声がする。俺はその声が誰なのか瞬時にわかる。 「何やってんだ氷室?」 「あ、わかった?」 俺は振り向く、そこには髪に青みがかかった女が居る。我が天城探偵事務所の唯一 の所員氷室恭子だ。 「何やってんだ、ガキみたいな事して」 「あら悪い?私なりの挨拶のつもりだったんだけど」 「それにしても氷室、今頃来たのか。大遅刻だぞ、これは勤務評定に影響するから覚 えておけ」 「ふーん、所長自らこんな昼間に海に向かって叫ぶ事務所に勤務評定なんてあるの ?」 「ぐ、見ていたのか?」 「たまたまよ」 「・・・・」 その追求はさておきとして。俺は氷室に遅刻の理由を聞いてみることにする。氷室 は根が真面目なので遅刻をする際は必ず電話を入れてくるのだが・・今日に限って何 の連絡もよこさなかったのだ。少し気になる。 「何していたんだ今まで?理由があるのか?」 「ん?」 そういうと氷室は急にいたずらっぽい笑みに変わる。 「何でだと思う?」 「しらん、もったいぶらずにさっさといえ」 「もう!もう少しつきあってくれても良いじゃない!」 「いいから言え」 俺は乱暴に答える。 「あ?ひょっとして気になるの?」 「っ!いいから言え」 「はいはい」 急に氷室は上機嫌になる。全く、女はころころ機嫌がよく変わる、女心と秋の空と はよく言ったものだ。 「じゃーん」 そういって氷室が懐から取り出したのはきれいにラッピングされた包みだった。そ こでようやくわかる。 「ひょっとして・・・バレンタインのチョコレートか?」 「そうよ、どうせもらえる宛なんて無いんでしょ?言っておくけど義理!だからね」 義理をやけに強調する氷室。それにしてはこんなにも時間をかけて、やけに気合い の入ったチョコレートのように見えるのは気のせいだろうか? 「ほら、何時までもそんなところに突っ立ってないで早く事務所に戻るわよ」 「ああ・・」 俺と氷室は事務所に戻る。そのときふと思った。 チョコレートか・・・・・・そういえば弥生はバレンタインの時には豪華な手料理 を振る舞ってくれた。あいつはマメで俺の誕生日とかには必ず豪華な手料理を仕事の 合間を縫って欠かさず作ってくれた。無論あの事があってからはそんなことは一切無 い、当然といえば当然か、俺は恨まれて当然のことをしたのだから・・・。 それでもちょくちょく弥生とは仲直りした雰囲気になることがある。無論その後す ぐ喧嘩になるのだが・・・。今はその仲直りした感じだ。時々弥生は俺のことを恨ん でいないのではないかと思うがそれは都合がよすぎる。 俺はおやっさんの死や、あの事件のことを一切弥生に伝えていない。弥生に伝える のが一番良いことは分かっていることは分かっているのだけれど・・・・おやっさん が実の娘に明かしたくない、知られたくない、はっきり言えば汚い過去・・・それを 知られたくない気持ちは分かるのでどうしてもその踏ん切りがつかないのだ。 我ながら情けないと思っている。結局何年も一人でうじうじ悩んで居るんだから な。 いずれ・・いえるときがくるんだろうか? 「どうしたの小次郎?」 氷室が怪訝そうな顔で俺にのぞき込んでくる。 「何でもない、ちょっと考え事だ」 そのとき、俺は自然に体が動いてしまった。 「どうしたの小次郎?」 「ちょっと買い物を思い出した、セントラルアベニューへ行って来る」 「え?」 「留守番頼むぞ」 「ちょっと、小次郎!」 俺は不満そうな氷室をおいて外に出る。そして外を見上げる。ますます空の朱が濃 くなっている。海に夕焼けが反射し非常にきれいだ。しばし見とれる。 そして俺は歩き出した。セントラルアベニューへ。 そして歩いて10分ぐらいでセントラルアベニューに到着する。そして俺は公園に あるベンチに座り込んだ。 「来たはいいが・・・これからどうしよう」 そう、買い物があるなど真っ赤な嘘。あの時は何故か勝手に体が向いてしまったの だ。 何故かか・・・・・・らしくないな、本当はちょっと期待しているんだ。弥生から のチョコを・・・・・・弥生からもし貰えたら・・・この意味は大きい。まだ俺のこ とを好きとかそんなんじゃなくて・・・・・。もっと深い意味・・・・。だから弥生 の事務所から近いここへ足を運んでしまったのではないだろうか? そこまで考えて俺は頭をかきむしる。 あー!!やめた!!たかがチョコが貰えるか貰えないぐらいで何をくだらない!こ れではまるでストーカーではないか!別れた女からのチョコを期待するなんて無礼を 越えて危ないやつだぞ! 「あー!そういえば前からいい加減新しい服を買おうと思っていたのだ。よしデパー トへ行くぞ!」 と、強引な理由を付けて歩き出そうとしたそのとき。ある女性に目が止まる。 「弥生・・・・・・」 そう、そこにはとあるビルに寄りかかって誰かに電話している弥生の姿があった。 その姿に俺は一瞬見とれる。それにしても絵になるなと思ったからだ。仕事をする キャリアウーマンという感じで非常にかっこいい。ファンでもつくんじゃないか? それにしても誰に電話しているんだ?仕事の電話なら事務所でやればいいだろう に。 こ、声をかけても大丈夫だよな?うん、大丈夫だ、喧嘩中でもないし。と強引に決 めつける。 弥生のこととなると情けなくなる自分が情けない。 そして俺は弥生に近づき声をかける。 「よう弥生」 「こ、小次郎!」 弥生は俺の顔を見るなりあわてて電話を切る。なんであわてるんだ?まさか・・・ ・男? 「な、何のようだ?いきなり現れて」 「別に用というわけでじゃないが、姿が見えてから声をかけただけだ。まずかったか ?男の電話の途中で割り込まれて」 やばい!今の台詞はあからさまにヤキモチを焼いている台詞じゃなかったか!?俺 は言った後後悔する。 「はあ?何をってるんだ?男?・・・・・ふーん」 案の定弥生は急に笑う。それも嫌みったらしく。 「気になるのか?」 「誰が、お前と俺とはもうなんでもないだろ」 「そうだ、だから私が誰と話そうと小次郎には関係ない」 「ああ、そうだ関係ない」 ・・・・・そうなんだよな・・・・・どうしてもわだかまりがありちょっとしたこ とで口論になってしまう。いい加減にこの関係から脱出したいのだが・・・・・。 でも、脱出って事は・・・。 「あーそうそう」 急に弥生がわざとらしく頷く。 「そういえば今日はバレンタインデーだったな。小次郎、お前とは知らない仲じゃな い、100円チョコぐらいなら買ってやるぞ、もっともその必要はないと思うが」 と思ったら弥生は俺の手のひらをつねってくる。 「いたた!誰がいるか!女に義理チョコ頼むほど落ちぶれちゃいないね」 「ほう、それはよかったな」 そういうと弥生はきびすを返す。 「悪いがまだ仕事がたくさんあるんだ。どこぞの貧乏探偵とは違ってな、じゃ、これ で失礼する」 「ああ、貧乏探偵は暇なんでな、自分の時間すらもてないかわいそうな探偵とは違っ てな」 俺と弥生はにらみ合う。先に視線をはずしたのは弥生だ。 「さらばだ小次郎」 弥生は自分の事務所がある方向へと消えてしまう。それを確認すると。 「クソ!!」 俺は地面を蹴り上げる。どうして弥生とうまく話せなくなってしまったんだ。あえ ば喧嘩ばかり。このままではあの事を話せない。後悔の念がこみ上げてくる。思って もないことをいってしまうガキな自分が恥ずかしかった。 しかし後悔してもしょうがない。 俺はデパートへと向かう。服が欲しいというのは本当。結構古くなっていたから な。 「ふんふふーん」 デパートの紳士服売場の近くを女にしては背が高く、端麗な容姿をした女性が鼻歌 を歌いながら歩いている。内側から出る色気に何人かの男がさっきから何人も振り 返っている。無論その女性もそれをちゃんと意識している様子だ。 「全く弥生も、この法条まりな様をパシリに使うとは良い度胸してるわねー」 誰に聞かせるわけでもなくつぶやく、その女性、そう私こと法条まりなは今はデ パートに来ている。 何でかって?全く愚問ね、バレンタインに女がすることなんて一つしかないでしょ ? そう!チョコレートを買いに来たのよ! え?普通ならバレンタイン前に買っておく?うるさいわね、仕事が忙しいのよ、 け、決して彼氏が居なくてあげる人が居ない訳じゃないのよ、いい?そこのところ チェックよ、テストに出るから。強がりじゃないのよ強がりじゃ。 ま、ついでに本部長に義理でも買ってあげようかなと思っただけなんだけどね。お 世話になっているのは事実だし。 そのとき、紳士服売場を何気なしに見たら・・・・あら?どこかで見たような・・ ・・背が高く、髪が長髪、ってどこかで見たようなじゃないわね、あんな目立つ髪型 の私の知り合いなんて一人しか居ないわ。 自称天才探偵天城小次郎、すけべで女ったらしでどうしようもない奴、だけど弥生 と氷室さんはあいつに惚れているのよねー、世の中理屈じゃ分からない事ってあるか ら・・。ま、悪い奴じゃないけどね。 そこら辺の男に比べれば頼れるし、度胸もあるし。 それにしてもここで出会ったのもの何かの縁、適当に理由つけて食事でもおごらせ ちゃおうかしら? ま、それはさておき、普通に話しかけるのはなんか味気ないわね。そうだ、一つ威 かしてやろう。 そう思った私は小次郎に近づく。 小次郎は近づく私に気づかない、やれやれ、自称天才名のってんなら気づきなさい よね!ま、数々の修羅場をくぐってきた私にとって気配を消す事なんて造作もないこ とだけど。小次郎が気づかないのも当然よねオホホホ。 「わ!!」 「うわ!!」 小次郎は後ろに下がる、その拍子に店員とぶつかってしまった。 「あ、失礼」 あわてて謝る小次郎。その姿がものすごく面白くて笑ってしまった。 「おどかすなまりな!」 「ごめんごめん、普通に話しかけるのも味気ないと思ってね」 「全く、・・・しかしこんなところであうなんて珍しいな、何してんだ?」 「何って?バレンタインに女がすることは一つよ小次郎」 その瞬間小次郎の目が点になる。 「・・・・まりなが・・・バレンタイン・・・」 「ぷ!」 と思ったらいきなり笑い出した小次郎。なるほど、このまりな様に喧嘩を売るとは 良い度胸だわ。 「まりなウルトラパンチ!!!」 「あぐぐ!!」 腹を押さえてうづくまる小次郎。その小次郎を見て私はつぶやく。 「殴るわよ」 「お約束で申し訳ないが殴ってから言わないでくれ」 痛みが治まったのか小次郎は立ち上がる。 「で、本当のところ何で来たんだ?」 「だからバレンタインのチョコを買いに来たのよ!」 「へー」 鼻をほじりながら答える小次郎。 「もう一度ぶたれたい?」 「遠慮しとく」 「で、あんたは何でなのよ?」 「別に、服が古くなったんでな、新しいのを選んでいただけだ」 「ふーん」 「あれ?」 そのとき私は小次郎の手に目が止まる。ちょっとした痣になっている。どうしたん だろう。 「小次郎、その手の痣、どうしたの?」 そのとき小次郎はまずいとばかりに手を後ろに隠す。ふーん、、何かあるわね、と いっても、小次郎があわてる理由なんてだいたい絞られてくるけど。 「なんでもないよ」 「ふーん」 なんか私に知られたくないことがあるみたいね。となると 「弥生につねられたとか?」 「ギク!!」 小次郎の体がぴくっとふるえる。全くわかりやすい奴ね。かわいいもんだわほん と。 「また喧嘩したのあなた達?毎度毎度懲りないわねー、それでまた仲直りするんで しょ?全く私の知っている仲でこれほど喧嘩して仲直りするカップルなんて他を類に 見ないわ」 「うるさいな、関係ないだろ」 小次郎はそっぽを向く。 「あんたのことだから弥生からチョコレートでも期待したの?まさかあからさまに催 促したんじゃないでしょうね?」 「ぐっ、誰が期待するか!」 少し言葉に詰まる小次郎。まさかマジで期待していたの?あ、ちょっと言い方悪い か、しょうがないか二人の間のわだかまりはちょっと特殊だしね。 でも・・・本当に素直じゃないわねの二人。ちょっと説教の必要ありね。 「あらそう、なら買うのやめようかしら」 「は?なにをだ?」 「だからチョコレート」 「?」 小次郎は分からないと言う顔をしている、鈍いわね!気づきなさいよ。 「本当は言うつもりなんて全然なかったんだけど、あんた達のこと見て変わったわ! はっきり言ってあげる」 「私、弥生から小次郎宛のチョコレートを頼まれたのよ、ついさっきね」 「な!」 驚く小次郎、あまり感情を表に出さないこいつにしては珍しいわ。ま、当然といえ ば当然ね。 「仕事が忙しくて買いに行けないんだって、私も買う予定だからついでにだから了承 したの・・ってちょっと、きいてんの小次郎!」 「あ、ああ・・・すまん」 なにやら考え事をしていたようだったけど・・・そういえば最初の時より表情が和 らいだような・・なんか安心したみたい。全く、男は単純ね。 「私はこれから買いに行く、そして弥生にサンマンションで渡す約束をしているの、 私と一緒に来なさい小次郎、そこで弥生の手からもらうの」 「な!何で俺がそんなこと」 「いいからくるの!ちゃんと弥生にお礼言いなさいよ、小次郎が入ったのを見届けて から私は立ち去るわ、良いわね!!」 「なんでおれが・・・」 この期に及んでまだぶつぶつ言っている小次郎。全く!一発ひっぱたきたくなる わ。だけどこれは他人の問題、私は友達想いだから我慢するの。 「ほら来なさい!!」 私は強引に小次郎の手を引っ張る。 「ま、まりな、まだ俺は服が・・」 「そんなの後で良いでしょ!!どうせ暇なんでしょ?」 「それはそうだが」 「だったら答えは一つ、ついてきなさい!」 私は強引に手を引っ張る。ここまで来て後戻りなんてさせないわ。 夜も更けてどこからフクロウの鳴く声が聞こえる。ここはサンマンション。ようや く観念した小次郎を引っ張り私はようやく弥生の部屋の前につく。 そしてインターホンを鳴らす。 「はい」 「はろはろー、弥生、わ、た、し」 「まりなか、今あける」 ドアの向こうで近づいてくる音がする。私は小次郎の顔を見る。小次郎は緊張して いるのか落ち着かない様子。いい気味いい気味。 そしてドアが開く。 「まりな、ありがとう私のわがままにつきあってくれて・・・・・・・・!!!!! !」 ![]() 弥生は私のほかの思わぬ来客に目を見張る。 「こ、小次郎・・」 「よ、よお・・・」 ばつが悪そうに挨拶する小次郎。 「ま、まりな・・これはどういうことだ!」 「別に、たまたまデパ−トであったの、小次郎がついてきたいっていったから連れて きただけよ」 「な、まり・・」 キッ、と私は小次郎をにらむ。小次郎は私の眼光に萎縮する。オホホホ、私とした ことが、はしたないはしたない。 「という訳よ」 「という訳じゃない!!」 二人とも同時に声がはもってしまう。 「あら、仲がよろしいことで」 私はしれっとする。 「ほらほら入りなさい!!」 私は小次郎の背中を押し強引に弥生の部屋に入れる。 「ま、まりな!!」 小次郎はなにやら叫んでいるがもちろん無視する。 「そういう訳なのよ、これから私用事があるからこれで失礼するわ」 「ま!まりな!!」 ガチャン!!と私はドアを強引に閉める。そして少しの間待つ。小次郎の出てくる 様子なし。よろしいよろしい。 私は階段を下りサンマンションを降り敷地内から出る。 全く、あの二人見ているといらいらしてくるのよね!早くくっついちゃいなさいよ !どう見てもお似合いのカップルなんだから!! 私はサンマンションを見ながらそう思った。 そのとき、私はあることを思い出す。 そうだ・・そういえば前・・・ここで短期間だけど住んでいたのよね・・・。 今は教官職に治まっているからここには住んでいないけど・・・・ここにくると・ ・・あの子の事を思い出す。 真弥子ちゃん・・・・・いつか・・・もう一度飲み会しようね、プリシアと小次郎 と弥生と一緒にさ。凄く楽しいよ、悪い事なんて全部忘れちゃうから・・。 じわっと涙が出てくる。あわててそれを拭う私・・・いやだわ、年をとると涙もろ くなると言うけど、まだまだ私は若いわよ!! さてと・・・後私が行くところと言えば。あそこしかないわよね。 私は背筋を伸ばし意気揚々と歩き出した。 セントラルアベニューから少しはいったところにある貸しビル。私のかつての職 場、内閣調査室。今はここの捜査員を育てる教官職に治まっているわけだけど・・ ・。懐かしいわね、捜査員時代を思い出すわ。 あの時はほんと、生き馬の目をくりぬくような仕事ばかりしていた。だけどこの仕 事は・・・やっぱり嫌いじゃなかったのよね。本当、あの時は・・・生き甲斐にすら していたわ。 何であんなに危険で悲しくて残酷で、それでいて給料なんて安いもの。何であんな 仕事好きだったんだろ? といっても・・今でも少し・・捜査員時代に戻りたくなることがある。 でも今は戻る気なんて無いわ。 私は内調の廊下を歩く、相変わらず変わってないわね、といっても、教官となった 今でもちょくちょく来るんだけどね。今日はちょっと違うように見える。やっぱりあ の時のことを思い出すからかな。 そして私はある一つのドアに立つ。そう、みんな分かっているだろうと思うけど、 我が麗しき上司、本部長の部屋よ。 私はノックする。 「はいりたまえ」 中から聞き覚えのある声がする。私は中に入った。 「はろはろー」 本部長は読んでいた新聞から私を見るやいなや笑顔になる。 「おう!まりな君か!元気だったかね?」 「元気だったかねって、つい昨日飲みにいったばっかりでしょ?」 「ハハハ、そうだったね」 そういうと本部長は新聞を机に置く。 「で、どうしたんだね?君がここに来るとは珍しいね」 屈託無く笑う本部長。あらあら、今日が何の日か知らないのかしら?はあ、男はそ ういうのに本当に無頓着よね。 「はい、本部長」 私はきれいにラッピングされたチョコレートを本部長に渡す。 「・・・・」 その瞬間本部長は目が点になり何が起こったか理解していない様子だ。 が 「うるうるうる」 急に涙目になる本部長。次の瞬間私の肩をばんばんたたいた。 「ま、まりなくぅぅぅぅん、うれしいよ僕は!!ま、まさか君にチョコレートが貰え るなんてー」 あまりのことにびっくりする私。 「ちょっと本部長、義理チョコだったら今まで何回か渡しているじゃない」 「それに香川さんからも貰えるんじゃないの?」 「君からもらうチョコレートは特別だよまりな君、君とは長い付き合いだからねー」 ああ、思い出した。何年か前に渡したときもこんなリアクションをしたような・・ ・。なんかのこのリアクション見ていると私のせいでものすごく苦労してるって分か る気がするわ。 それにしても・・・男ってやっぱりガキでかわいいわよね。チョコレート一つでこ んなにも喜んで貰えるなんて、もちろん渡した方も渡してよかったって思うわ。 そしてそのとき、部屋をノックする音がする。 「はいりたまえ」 そしてドアが開き一人の女性が姿を現す。その女性は私の姿を見た途端に目の色を 変える。 「あ!!お、お前は・・法条まりな!!」 「あらお久しぶり香川さん、元気してた?」 そう、監査部に所属している本部長の愛人こと香川。昔から何かと私に敵意を向け てくるいやな奴!教官に治まってから顔を合わすことなんて無くなったけど・・・ま さかまたあうとはねー。 「な、何しに来ているのよ?」 「別に良いじゃない、香川さんには関係ないわ」 そのとき香川は何かを見つける。 「ちょっと、ここにあるのは何?」 ここにあるとはもちろん私が渡したチョコレートのこと。ふーーーーーん。 私は意味深な顔をする。香川は?という顔をしている。 そして私は本部長の後ろに立つと、本部長に後ろから抱きついた。 「ま、まりなくん!?」 本部長はうろたえる。その様子が可笑しく手思わず吹き出しそうになるがここはこ らえる。 「何って、本部長にチョコレートを渡したのよ、悪い?」 その瞬間香川の顔つきが変わる。 「ねーほんぶちょう、なんか香川さん私が本部長にチョコレート渡すことに文句があ るみたいなのよ、何かいってあげて」 何時にもなく色っぽい声で本部長に話しかける。本部長は私の声に一瞬どきっとし 感じがした。フフ、そういえば本部長に色目を使うなんて冗談でしかやらないし ねー。 見る見るうちに香川の顔が変わってくる。オーホホホホ、いい気味よいい気味よ。 なんか、性格悪くなってない私? その反面本部長はかなりあわてている。 「かか、香川君、か、勘違いしないでくれ賜え、義理チョコをもらっただけだよ、ま りな君との付き合いは長いのは知っているだろ?だからだよ、ね、まりな君?」 本部長は私に助けを求めてくる。ごめんね本部長、香川をいじめるチャンスなんて 滅多にないの。我慢して。 「ひどい・・・」 思わぬ私の言葉に本部長は真っ青になる。 「ひどいわ本部長!昨日飲みに行って・・・・香川さんとは別れたっていっていた じゃない!だから私・・嬉しかったのに・・・だからあの後・・・」 そういうと私は泣いた振りをする。 「まままままままままりなくん、なななななな、なにをいっているのかね?」 もはやパニック状態の本部長。ごめんね、後でご飯おごってあげるから。かわいい 部下のわがまま許してね。 「甲野さん」 「はい!!!」 香川によばれるや直立不動のまま動かなくなる本部長。 「これはどういうことか説明してもらいましょうか?」 徐々に迫ってくる香川。それを必死で制しようとする本部長。 「おお、落ち着くんだ香川君、確かに昨日まりな君と飲みにいったのは本当だ。だが 別れたなんていってないよ! それにまりな君を誘ってなんか無いって!!」 「・・・・」 香川はもう何の言い訳も聞かないと言う感じだ。 「かかかか、香川君、本当だ信じてくれ!」 もう香川と本部長との間の距離は無くなった。 「た」 「たすけてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!」 そのとき香川さんが放った一撃は本部長を重力の束縛から解き放ってくれましたと さ・・・。 ちゃんちゃん
終わり
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