「EVE」 〜最後の夜〜 |
天城小次郎・・・桂木探偵事務所の実質のNO.2。天才肌の探偵で女好き。 桂木弥生 ・・・桂木探偵事務所の所員であり、所長の娘。小次郎とは恋仲。 桂木源三郎・・・桂木探偵事務所の所長であり、小次郎を育てた。 二階堂進 ・・・桂木探偵事務所の新人。ゆくゆくは所長の座を狙う。 早良堅治 ・・・桂木探偵事務所の新人。二階堂の影に隠れて目立たない。 柴田茜 ・・・フリーのルポライター。小次郎とはギブアンドテイクの関係。 源飛鳥 ・・・依頼人。夫の素行調査を依頼する。 源実篤 ・・・飛鳥の夫であり、エリートサラリーマン。 源雅隆 ・・・源三郎の知り合いで、実篤の父。義娘に探偵を紹介する。 川峰麗子 ・・・人気上昇中の美人女優だった。路地裏で刺殺される。 新城直子 ・・・趣味が検死と言い張る変わり者。「死者は語る」を出版し好評中。 グレン ・・・小次郎の情報屋であり、闇の武器ブローカー。 第弐部<回想> 〜安ホテルの一室〜 川峰麗子が殺された日から数日が経過している。 小次郎と茜は重要参考人として指名手配されている。といっても実名が明らかになっているわけではなく、目撃情報から似顔絵を出しそれを元に捜索している。 日本の警察の勤勉ぶりから、割り出されるのに時間は掛からないだろうが・・・。 「どーすんだよ、小次郎!」 茜が今日5回目の言葉を口にする。 「今考えてる所なんだから、邪魔すんな」 小次郎も返事も同じである。 そして沈黙。 「・・・」 「・・・」 少し沈黙。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 かなり沈黙。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 すっごく沈黙。 「なぁ、茜」 「なに?」 「暇だな・・・」 「うん・・・」 「気晴らしに、一発やらないか?」 「・・・」 茜が無言で震えている。 「どうした?」 (まさか初めてとか・・・) 「茜、心配しなくてもいいぞ。俺は優しいからな」 ありきたりの言葉と笑顔で、茜に触れる。 「ぷっつん」 「え・・・?」 ![]() 「まじめに考えろ、この色情魔!」 茜の拳が小次郎の顎めがけて炸裂! 「うげぇっ」 浮いた小次郎の体に茜の空中コンボが追撃する。 「茜ちゃーん、スペシャル!」 コンボメータが上昇していき、ハイスコアを記録する。 『AKANE WIN』 どこからか勝利を告げる声が聞こえると同時に、小次郎の体が床に落ちた。 「ふ〜、まあまあだね」 額の汗を拭いながら、ボロキレとなった小次郎の姿を写真に収めた。 「これで暫くはタダ働きさせられるね」 人に見せたくない写真というのは、誰にでもあるものだ。 「・・・しょうがない、最後の手段だな」 小次郎は何事もなかったかの様に起き上がる。 「不死身・・・」 「これが主人公の特権さ」 いつの時代も、主人公は都合よく復活する様にできている。 「それよりも、最後の手段ってなんなのさ」 「本当は使いたくなかったんだけど」 「そいうのがあるんだったら、出し惜しみするな」 怒る茜を無視して、受話器を取る。 番号を押し、Call音が鳴る。 「・・・はい、捜査課です」 「あの、そちらから検死官の新城さんに繋いでもらえますか?」 「どちら様でしょうか?」 「天城といいます」 「アマギさんですね、少々お待ちください」 保留音が鳴りはじめる。 「ちょっと、なんで小次郎が警察に知り合いがいるんだよ」 「いいじゃねーか、ちょっとした知り合いだよ」 そうこうしている間に、保留音が切れた。 「代わったよ、天城って天城小次郎か?」 受話器の向こうから不機嫌そうな声が聞こえるが、この人は元々こんな喋り方である。 「お久しぶりです」 「おぅ、なんだ急に電話してくるなんて」 「新城さん、川峰麗子の事件知ってます?」 「あぁ、私が検死したからな」 「なら話が早い。今俺たちが容疑者になってるみたいなんすけど、なんとかなりませんか?」 今までの経緯を簡単に説明する。 「そうだな・・・。私には捜査の権限は無いしな・・・」 新城の口ぶりは、あきらかに何かを要求している。 「何が欲しいんですか?」 「さすがは小次郎、話が早い。今度付き合ってくれ、行きたい所があるんだ」 「まさか・・・」 小次郎の声が上ずる。 「あそこのママが小次郎の事気に入っちゃってね、どうしても連れて来いってうるさいんだよ。それで、どうするんだい?」 「・・・仕方ないですね」 「よし、商談成立だな。夕方に訪ねて来い、それまでにやっとくよ」 「お願いします」 「じゃあな」 ガチャンと、荒々しく受話器を置く音が聞こえた。 小次郎は深く溜息をつくと、悩みの種が増えた事に先行きの不安を感じた。 新城のおかげで、小次郎と茜の二人は一応の身の潔白が証明されたのだが、完全に白と決まったわけではない。 小次郎にしてみれば殺人犯という汚名を着せられた事に怒りを感じていた。 自分から足を突っ込んだ事は完全に忘れている・・・。 〜桂木探偵事務所〜 小次郎は警察から真っ直ぐに事務所に戻ると、所長室に入った。 「おお、小次郎か」 オヤジさんが自慢の葉巻をふかしている。 小次郎は煙草を吸わないのでいつも煙たそうに見ると、「人生に余裕がないぞ」といつも言われる。 「どうかしたか?」 数日間居なかったにも関わらず、何の心配もしていない。 本来の探偵は、定期連絡をいれる事が重要になる。 自分の居場所を明らかにする事で、不測の事態にも対応できるようにしているのだ。 また、探偵は一匹狼的に思われがちだが、実際は数人でチームを組んでいる事が多く、尾行などは大抵3人くらいで行う。 しかし小次郎は、常に単独行動である。 一度調査にかかれば一ヶ月近く連絡をしない事もあるのだから、数日程度で心配する事などないのは当たり前である。 「オヤジさん、実は・・・」 数日間の出来事を細かく説明した。 オヤジさんは葉巻を肺一杯に吸い込んでから、天井へ紫煙を吹き上げる。 「大体は分かった。それで、お前はどうするつもりだ?」 「勿論、犯人を突き止める」 「そうか・・・。犯人の目星は?」 「源実篤」 「どうしてそう思う?」 「見失ったとはいえ、直前まで会っていたんだから可能性は高いですよ」 「しかし、見たわけではない・・・」 「それはこれから徐々に暴いてやりますよ」 会話の途中で、オヤジさんの視線がドアに向けられる。 「二階堂、立ち聞きをするならもっと上手にしろ」 オヤジさんがドアに向かって声を掛ける。 「二階堂、入ります」 ドアが開かれ、二階堂が入ってきた。 「どうしたんだ?」 「先日の報告書が出来ましたので、見ていただけますか」 手に持っていた書類をオヤジさんに渡す。 オヤジさんは、書類に素早く目を通す。 「・・・ふむ、これでよかろう」 「ありがとうございます」 一礼する。 「小次郎も少しは二階堂の様な報告書が書けんのか?いつも弥生がぼやいておるぞ」 「・・・」 小次郎は答えない。 どうも、この二階堂とは相性が悪い。 仕事が多忙を極めるという事で、半年前にオヤジさんが二人探してきた。そのうちの一人が二階堂である。 もう一人の早良については後ほど。 二階堂はたった半年で担当顧客を抱えるまでになっている。 外見は世間的水準より少し高いくらいと弥生が言っていた。 洗練されたファッションに爽やかな笑顔が顧客の信頼を集めているらしい。 普段着はだらしなく、不機嫌そうな顔の小次郎とは正反対である。 何よりも強烈な自負心があり、何かと小次郎と張り合おうとする。 (こいつも他の探偵事務所ならそこそこ出来たと思うが、不運にもここには天才天城小次郎様がいるからな) 二階堂と張り合って負ける気はしないが、比べられるのは気持ちの良いことではない。 「所長、よろしいですか」 二階堂が口を挟む。 「なんだね」 「さきほどのお話が“たまたま”聞こえてしまいまして。手持ちの仕事は終わりましたので、是非私にも調査させて頂きたいのですが」 「お前!?」 あからさまに小次郎に対しての挑戦である。 「・・・よかろう」 「オヤジさん!?」 オヤジさんは本気で言っている。 「ありがとうございます。それでは早速明日から調査に掛かります」 二階堂は承諾を得ると、意気揚揚と所長室を出て行った。 あまりにも急展開で、小次郎は呆然と立ち尽くすしかなかった。 「小次郎、何間抜け面しておる」 「オヤジさん、何を考えてるんですか!」 思わず声を荒げる。 「何がだ?」 「俺の件に二階堂を入れるなんて」 「不満か?」 「当たり前じゃないっすか」 二階堂なんかがうろちょろすると、こっちの方に影響が出るかもしれない。 それに、誰かと協同で調査をするなんて御免蒙りたい。 「二階堂はなかなかいいセンスを持っている。それにあの性格も探偵という特殊業務には向いている。まぁ少々危ういところがあるが、こちらで手綱をしっかりと引いておけば問題ない」 「俺は探偵に向いていないと?」 「お前は天性の嗅覚を持っていて、物事の真実を嗅ぎ分ける事が出来る。だが」 「・・・」 黙って次の言葉を待つ。 「お前は優しすぎる。探偵という稼業には情は必要ない。与えられた仕事をこなせばいいんだ」 これは非情に徹しろという意味ではない。 仕事に私情を挟めば冷静になれず、大きなミスをする事がある。現に過去にも幾つものミスをおやさんに助けられている。 「俺は・・・」 「分かってるよ。だがお前にはいずれこの事務所を任せるつもりだ。そうなれば二階堂の様な部下を使って仕事をする事もあるだろう」 「オヤジさん、急になにを」 「お前には全てを教えた。あとはお前次第だ。これも試練と思って諦めろ」 葉巻の火を消すと椅子から立ち上がった。 「まだ話は終わってないですよ」 「これから人と会う約束になっているんだ。お前が何と言おうと決定は覆らんよ」 そう言い残して所長室を出て行った。 「くそっ!」 ガンッ。 取り残された小次郎は、拳を机に叩き付けた。 「・・・いってぇ〜」 思った以上に机は堅かった・・・。 〜ショットバー〜 小次郎の姿は、深夜セントラルのショットバーにあった。 二階堂なんかに先を越されるとは思わないが、早めに決着をつけなければいけない。 そこで情報屋を使う事にした。 情報屋の名前はグレン。 こいつと会うのは初めてである。 依然オヤジさんが使っているのを覚えていたのだ。 如何わしい奴だが仕事は確かだとオヤジさんが言っていた。 「遅いな・・・」 待ち合わせの時間から30分は経っている。 (オヤジさんの名前で呼び出したが、どうやら空振りだったみたいだな) 諦めて席を立ち上がった時、後ろから声を掛けられた。 「あんた、源三郎さんじゃないな」 くぐもった低い声である。 振り返ろうとすると、 「おおっと、動くんじゃねーぞ。そのままで答えな」 「俺は天城小次郎。源三郎のオヤジさんの下で働いてる」 「ほぉ〜、あんたが小次郎さんかい」 「俺のことを知ってるのか?」 「源三郎さんが、うちの自慢の息子だっていったやしたぜ」 「オヤジさんが・・・」 「なにせ超問題児で、かなり手を焼いたらしいですね」 男は喉を鳴らして笑った。 「お前がグレンだな」 笑い方が癪に障ったがあえて無視する。 「おっとこれは失礼しました。こっちを向いてようござんす」 小次郎が振り向くと、ずんぐりむっくりした体型に黒い肌にサングラスといった怪しいラッパーの様な格好をした男がいる。 「あっしがグレンです。小次郎さんと呼ばせてもらって構いませんか?」 「ああ」 人当たりの良さそうな感じを受けるが、同時に作られた雰囲気も感じる。 腹の中にはいくつもの自分を隠し持っているのだろう。 まあいい。情報が確かであれば、人柄などに興味は無い。 「源三郎さんの名前で呼び出したからには、何かあるんでしょう?」 「調べて欲しいことがある」 話を切り出そうとすると、 「ちょっとまって下さい。話の前に契約しときましょう。基本的にはこちらで調べた情報の価値に見合った金額を請求します。安くはないですが、こちらのリスク料金も込みという事で。振込みはここにお願いします」 紙切れを差し出した。 銀行名と口座番号が書かれている。 「どうです、小次郎さん」 「こちらの要求した情報を確実に出してもらえれば、それでいい」 「わかりました。ではお聞きしましょう」 小次郎は今までの経緯をざっくりと説明した。 「・・・それで、あっしは何を調べればよいので?」 「源家の内情を知りたい」 「ほう、どれはどうして」 「今回の件は初めからおかしかった気がする。何か仕組まれているような気がしてね」 とりあえず、源家から追っていくしかないと思う。 「小次郎さん新規顧客なんでサービスしときますけど、源家に手を出すのは止めといた方が良いと思いますぜ」 「なんだと」 「小次郎さん、源雅隆がどんな人か知らないでしょう?」 「金持ちのおやじだろ?」 「そんな滅相もない。源家の当主にして、裏社会の親分と言われる人です」 「裏世界の?」 「源グループがここまで大きくなったのも、雅隆の代になってからですよ。今でこそ会長として安穏と暮らしていますが、人の生き血を啜って成長した様なものですからね」 「そうなのか・・・」 「深入りすると、消されますぜ」 「・・・例えそうだとしても、俺のプライドを傷つけた奴には目に物見せてやらないとな」 相手が誰であっても、一歩たりとも退く気は無い。 「なるほど、わかりやした。3時間もあれば調べれますが、どうします?」 「頼む」 グレンはグラスの酒を飲み乾すと、バーを出て行った。 〜3時間後のショットバー〜 きっちり3時間後にグレンが現れた。 「小次郎さん、お待たせしました」 「それで、何か分かったのか?」 「あまり大きな収穫は無いですね」 「なんでもいい。分かった事を教えてくれ」 「最近、源実篤ってのが家に戻ってないらしく大騒ぎしてるって話です」 「いつ頃からか分かるか?」 「正確にはわかりませんが、ここ数日の話らしいですね」 (あの夜に姿を消したというわけか・・・どうやら本人に直接聞いてみるのがよさそうだな) 「グレン、そいつの居場所はわかるか?」 「分からない事はないですが、ちょっと時間がかかりますね」 「出来れば急いでくれないか」 「う〜ん。ま、いいでしょ。源三郎さんにはいつも贔屓にしてもらってますからね」 立ち上がるグレンを引き止める。 「ちょっと待ってくれ。銃が欲しいんだが、調達できるか」 「・・・いいでしょう。次までに用意しておきます」 「頼む」 「それじゃあ、小次郎さん」 グレンは店を出て行った。 グレンが去った後も小次郎はその場に残った。 (今までのことを整理しておこう・・・) 〜今までの状況整理〜 まず俺は、オヤジさんに呼ばれて「源実篤」って奴の浮気調査を頼まれた。 依頼主は「源飛鳥」。実篤の妻らしい。 依頼主の義父にあたる「源雅隆」はオヤジさんの知り合いで、義娘にこの探偵事務所を紹介したらしい。 この「源雅隆」は源グループの会長で、裏社会の親分らしい。 オヤジさんとはどんな関係なんだろうか・・・。 とにかく俺は早速調査を開始した。 俺の天性の嗅覚は見事にターゲットを捕らえて、浮気の現場を押さえた。 そして、二人を尾行している最中にゴシップライターの「柴田茜」に会ってしまい、ターゲットを見失っている間に女性の悲鳴が聞こえた。 その悲鳴の方へ行くと、不倫相手の女性が死んでいた。 その女性は美人女優の「川峰麗子」だった。 その場に居た俺と茜は、重要参考人として指名手配されてしまった・・・。 昔馴染みの検死官「新城直子」の口利きでなんとか指名手配は解除されたものの、このままで終わらせられるわけがなかった。 事務所に戻り、オヤジさんに事情を話しているところに「二階堂進」が現れて、調査に乱入してきやがった。 目障りな奴が俺の邪魔をしない事を祈るだけだな・・・。 俺は糸口を探り出すために、依然オヤジさんが言っていた情報屋「グレン」と接触した。 そこで情報を得た俺は、事件の鍵を握っていると思われる源実篤を追うことに決めた。 とりあえずこいつを締め上げれば何か出てくるはずだ。 居場所はグレンが突き止めてくれるだろうから、俺はそれまでに準備をしとかないとな。 一通りの考えをまとめて店を出る頃には街はうっすらと明るくなっており、街並みを徐々に映し出していた。 小次郎は近くの公園で仮眠をとって、事務所に顔を出した。 事務所では苛立ちを隠せない弥生と会い、たっぷりと厭味を言われてしまった。 ここまでが、<発端>からの回想です。 次回から、本格的に動き出します。 第参部のあらまし。(予定) グレンの情報によって源実篤との接触を図ろうとする小次郎の前で 新たなる殺人が行われた。 そしてその現場には二階堂の姿が。 事件はさらに混迷してゆく・・・。 小次郎は真犯人を探し出す事が出来るのか? 期待せず待て! |