-Daily life or peaceful days-
「トアちゃ〜んっ、ご飯出来たわよ〜」
 まりなのその言葉に、テレビゲームをしていたトアの指がピタリと止まる。ゆっくりと振り返るとエプロン姿をしたまりなの姿が映った。
 その顔はいつもと違い、自信に満ち溢れたものである。
「ふっふっふっ……今日はいつもの私と違うわよぉ」
 不敵な笑みさえ浮かべるまりな。その姿にトアは一抹の希望を抱いた。
(もしかしたら……今日は、今日こそは大丈夫かもっ!?)
 目をキラキラと輝かせながらトアはテレビゲームを止め、部屋の隅にあるテーブルを引っ張り出した。
 まりなはキッチンから大きな鍋を運んでくる。
「トアちゃん、スープ用の器とスプーン用意して」
「は〜いっ」
 トアはまりなと入れ替わるようにキッチンへ行き、二人分の器とスプーンを取り、部屋に戻る。
 それをテーブルの上に置き、まりなの向かいに座った。
 ゴクッ。
 小さく喉を鳴らしてから緊張めいた趣で、トアはまりなに問う。
「……して、本日のメニューは?」
「ふっふっふっ……弥生から教わったスペシャルメニューっ! これさえ食べれば貴女の美貌もばっちぐーっ! 栄養満点ヘルシーな野菜スープなりっ!!」
「おぉ〜〜っ」
 何故かパチパチと手を叩くトア。
 その歓声の中、マリナは自信たっぷりに鍋の蓋を開けた。
 立ちこめる湯気の中、漂ってくる香りはまともな匂いだ。
 まりなは器を手に取るとスープをよそり、トアの前に置いた。次いで自分の分をよそった。
 トアは器の中身の覗き込む。
 コンソメ仕立てなのだろう、うっすらと色が付いたスープにジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ブロッコリー、etc……
 色とりどりの野菜が具として入っている。
 感動の嵐がトアを包む。
(ま、まともな食事っ!! まともな食事だわっ!! まりなさんの手作りでまともな食事が出来るなんて……神様、感謝いたします)
 違う世界にいってしまいそうなトアに、まりなは躊躇いがちに声を掛ける。
「……と、トアちゃん?」
「はっ……私ったらつい……」
「……なんか腑に落ちない点があるんだけど……まぁ、いいわ。ささ、ご賞味あれ」
「はいっ、いただきま〜すっ!」
 トアはスープをすくい、躊躇いもなく口に運んだ。
 だーーっ。
「うわっ!? トアちゃんっ、汚いっ!」
「……ま、まりなしゃ〜ん……甘いでしゅぅ……」
「あ、甘いっ!? ンな馬鹿な……」
 まりなはスープをすすった。
「げはっ……」
 あまりの甘さにスプーンを落としてしまう。
「な、何これ……殺人的な甘さだわ……はっ、もしかして古典的な……今では笑い話にもならない……塩と砂糖を間違えたってやつっ!?」
「まりなさ〜ん……ジャガイモかたーい、ニンジンかたーい、タマネギしゃくしゃく〜〜」
 スープの中の具を食べながらトアは滝のような涙を流している。
「……」
 まりなは額に冷たい汗を垂らしながら、ゆっくりと立ち上がり電話を取る。そして躊躇わず『あの番号』をプッシュした。
「…………あ、すみませ〜ん。カツ丼二つお願いしま〜す」



 ゆっくりと、目を開ける。視界に飛び込んでくる夜空がとても綺麗だと、私は素直に思った。
 私はゆっくりとベッドから起き上がる。少し胃が痛い。相変わらず荒んだ食生活のようだ。
「ん……んん……」
 私の……いや、トアの胃を荒らしている元凶である法条まりなが小さく呻く。
 まったく……
 理解できない。胃が痛くなるくらい不味い食事を食べさせられているのに、トアはまりなが作る食事を楽しみにしている。
 いや、違う……まりなと共に過ごす時を楽しみにしているのだ。私が味わうことの出来ないその気持ちを。
 羨ましい……そして憎い。
 何故トアだけこんな気持ちを味わえるの? 何故私だけ暗くて寂しいところに居なければならないの?
 殺したい……殺してやりたい。
 トアも……まりなも。
「んん……」
 まりながまた呻く。幸せそうな寝顔だ。
 私はそっと手を伸ばす。まりなの細く綺麗な首に。
 もし、私がこの首を絞めたら、まりなはどんな顔をするだろう? トアに幻滅するだろうか……トアを嫌いになるだろうか……
 指先が首に触れる。私はそこで手を止めた。何故か分からないけど涙が溢れた。
 出来ない……出来るはずない。だってまりなは優しいから……誰にでも優しいから……
「……トア?」
 私はその声で我に返った。まりなが心配そうに私を見ている。
「どうしたの?」
 その問い対する答えを私は持っていない。だから黙り込んでしまう。
 まりなはそんな私を見て、口元を緩めた。
「おいで」
 そう言ってから私を手繰り寄せ、優しく抱き締めてくれる。
 温かい……
「怖い夢でも見たの?」
「えっ!? あ……」
「ふふっ……」
 まりなは私の髪をそっと撫でた。
「大丈夫よ、私が側にいて上げるから……」
 私の額に軽くキスをしながらまりなはそう言ってくれた。
 私は少し戸惑いながら、まりなにすり寄る。温かさが妙に嬉しかった。
「お休み、トア」
 私はゆっくりと目を閉じた。薄れゆく意識の中、私は思った。
 早くこの温もりを自分の体で感じたい、と…………