「EVE」 〜the last night〜 |
天城小次郎・・・桂木探偵事務所の実質のNO.2。天才肌の探偵で女好き。 桂木弥生 ・・・桂木探偵事務所の所員であり、所長の娘。小次郎とは恋仲。 桂木源三郎・・・桂木探偵事務所の所長であり、小次郎を育てた。 二階堂進 ・・・桂木探偵事務所の新人。ゆくゆくは所長の座を狙う。 早良堅治 ・・・桂木探偵事務所の新人。二階堂の影に隠れて目立たない。 柴田茜 ・・・フリーのルポライター。小次郎とはギブアンドテイクの関係。 源飛鳥 ・・・依頼人。夫の素行調査を依頼する。 源実篤 ・・・飛鳥の夫であり、エリートサラリーマン。 源雅隆 ・・・源三郎の知り合いで、実篤の父。義娘に探偵を紹介する。 川峰麗子 ・・・人気上昇中の美人女優。芸能界きっての恋多き女と言われる。 第壱部 <発端> 〜桂木探事務所〜 事務所内は朝からひっきりなしに電話が鳴り響き、所員は受け付けの対応に追われている。 三人でやっていた探偵事務所も、今では所員6人を抱えるまでになった。受付や書類管理,経理などの事務員が4名で、2名が調査員である。 弥生は最後まで所員を雇う事に反対していたのだが、日々増える依頼件数に対応しきれなくなり、渋々承諾した。 実績も徐々に上がり、近隣の同業者の中ではトップの業績を出している。 調査は主に新人の二階堂と早良が行い、二人の手に余る依頼を小次郎が受ける。源三郎は特別顧客からの依頼を行うという体制になっている。 弥生は調査と事務を兼任しており、多くの雑務に追われている。最近は事務処理が多く、今日も電話応対に忙しい。そんな時に限ってあの男が遅れて来るのだ。 「ちわーっす。ふぁぁ〜」 大きな欠伸をしながら事務所に現れたのが、桂木探偵事務所のエース、天城小次郎である。この男にとって探偵稼業は天職であり、それ以外には何のとりえも無い。 伸ばした髪は表情を隠し、何を考えているのか窺わせない。服はだらしなく着こなし、ファッションセンスの欠片も感じさせない。 小次郎と比べ、新人ながら二階堂進はモデルの様な雰囲気に人の良い笑顔を見せ、顧客からの人気も高い。 わざわざ二階堂を指名して依頼してくる者もいるくらいである。 高級ブランドの服に身を包んで、いつも笑顔を絶やさない。それが営業スマイルである事は所員の皆が知っている事だが、あえて指摘する必要も無い事である。サービス業とはそれが当たり前なのだから。 小次郎が事務所内を見渡すと、二階堂と早良はすでに出かけており姿は見えない。 のんびりとソファーに腰を据えると、ボーっとしている。 「小次郎、何をしてたんだ?」 弥生が腰に手を当てて、小次郎の正面に立つ。 小次郎と弥生が同棲を始めたのは最近の事である。本来であれば、二人の甘い生活を送るはずであったのだが、小次郎がここ数日帰って来ていないのだ。 「調査だよ」 小次郎は今にも眠ってしまいそうな口調で言う。 「ふん、小次郎の所に調査の依頼は来ていないはずだぞ。何の調査をしてるんだ?」 弥生は調査履歴を調べて、小次郎に対してワークが掛かっていない事を確認している。 「それは・・・」 小次郎はなんとも言いにくそうである。 「どうせ、夜な夜などこぞの女の尻でも追っかけてるんだろ!」 折角の同棲生活への期待が失望に変わってしまった。弥生は慣れない手つきで料理を作って、小次郎の帰りを待っていたのだ。 小次郎を驚かせようと、必死で作った料理も次の日には残飯として捨てられる。そんな日が続けば、誰でも失望せざるを得ないだろう。 それにひきかえ小次郎はというと、そんな弥生の気持ちも知ってか知らずか、数日間留守にしていた。勿論これには深い理由があるのだが、弥生に言うわけにはいかない。 (あーあ、何でこんな事になっちまったんだ・・・) 心の中で溜息をつく。 (あの日から始まったんだよな・・・) 数日前の事を思い出す。 〜桂木探偵事務所〜 「小次郎、ちょっと来い」 小次郎の指定席であるソファーにだらしなく横になっていると、所長室からおやっさんの声がした。 体を起こすと、ドアを開けて中に入る。 「なんか用っすか?」 所長を前にしても、全く緊張感というものがない。 「まあ座れ」 おやっさんが手前のイスを指差す。 とりあえず座って待つ。 「小次郎、お前弥生と一緒に住んでるらしいな」 「ええ、まあ」 歯切れの悪い返事である。 「どうだ、仲良くやっとるか?」 「・・・普通ですよ」 娘の父親を前にして、「最高っすよ!」なんて言える訳も無い。 弥生との生活は、少なからず小次郎に家庭の温かさと人肌の懐かしさを与えてくれる。 「それだけっすか?おやっさん」 努めて平静を装うが、おやっさんは全部お見通しだろう。 「まあ、そう焦るな。本題はこれからだ」 おやっさんが、机から封筒を取り出すと「読んでみろ」っと机に置いた。 黙って封筒を手に取ると、中身を取り出す。 「これは・・・」 中には写真と一緒に依頼状と筆で書かれた紙が入っている。 写真は30代後半くらいのスーツ姿の男で、エリート風が写真を通しても伝わってくる。 依頼状には、夫の素行調査をしてほしいという内容が掛かれている。文の最後に署名があり、源飛鳥と書かれている。 「その依頼主の義父である源雅隆とはちょっとした知り合いでな、便宜を図って欲しいと言われたのだが・・・」 「何か問題でも?」 「今、別件で手一杯でな。だからといって無下に断る訳にもいかん。そこで、お前にやってもらいたんだ」 「どうして俺なんですか?二階堂か早良にやらせれば良いんじゃないですか」 こういう所で小次郎は遠慮が無い。 「そうしたいのだが、時間が無い」 「時間が無いって、まさか・・・」 嫌な予感がする。 「その通り。今すぐ行ってこい」 (やっぱり・・・) 「さっき電話があってな。朝出かけたのに、ターゲットは会社に行っとらんということだ」 「でも、何処に行ったのか分かんないんじゃどうしようも無いっすよ」 街内に居るとしても、どこかの建物に入っていれば探しようも無い。 「心配いらん。ほれ」 おやっさんはメモを投げる。 メモを受け取り、見ると建物の名前が幾つか掛かれていた。 「それが、ターゲットのよく出入りしている場所だ」 「これを全部回れって?」 おやっさんは深々と頷いた。 「はぁ〜」 こちらも深々と溜息をついた。 「さっさと行って来い」 「わかりましたよ・・・」 弥生の事で引け目を感じさせておいて、断れない様に仕向ける辺りが憎い。 最大限の妥協をして、出かけていった。 〜ホテルニューオクラホマ〜 「頼むぜ・・・」 小次郎は建物の影に隠れて息を潜めている。 色々と歩き回るのが面倒なので、一発ヤマ勘にかけたのだ。 夫の素行調査で、会社と偽って出かけるといえば、やることは一つしかない。 メモの中に唯一あったホテルの前に来ている。ここを外せば依頼失敗である。だが、小次郎の勘が「ここだ」と告げている。 待つこと3時間・・・。 ホテルから出てくる人が見えた。 「やっりー!」 小次郎の勘は正しさを証明された。ホテルから出てくる男女の片割れは、確かに写真の男である。 インスタントカメラを取り出し、証拠写真を数枚撮る。後はこの写真を依頼主に渡せば依頼終了。素行調査と言いながら、本質はどれも浮気調査である。 これで、仕事は終わるはずだった。 小次郎にとって不幸だったのは、ターゲットの浮気相手が小次郎の好みの美人だった事である。 「やっぱり、調査は最後まで調べないとな・・・」 浮気相手が誰なのかを調べる事も重要であるのだが、今回の依頼には含まれていない。鼻の下の伸びきった小次郎に何を言っても無駄であろうが・・・。 とにかく、小次郎の調査は継続される。ここで終えていれば、余計な事件に巻き込まれずに済んだものの、不幸への階段を自ら登る小次郎であった・・・。 |
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〜尾行中〜
ホテルを出た二人は、街の陰に隠れる様に歩いている。 その後ろを小次郎が尾行している。尾行術はおやっさん直伝であり、プロ相手にしても気付かれることは無い。 後ろから不意に感じた。素早く愛用のグロックを引き抜くと、相手を路地裏に引き込み、銃を胸に押し付ける。 ぷにゅ。 「ぷにゅ?」 硬質なグロックの先から柔らかい感触が伝わる。 これは・・・。ゆっくりと目線を上げると、眼鏡の奥から厳しい視線を突きつける見慣れた顔があった。 「いつまでそうしてるつもり?」 怒りの為か、こめかみの辺りがぴくぴくしている。 「す、すまん茜」 グロックを下ろし、懐に仕舞う。 「それだけ?」 「はっ?」 茜が手のひらをひらひらと振ってみせる。 「一般市民に拳銃を突きつけ、卑猥な行為を強要。不良探偵、天城小次郎って見出しはどお?」 「な、何を・・・」 「あーあ、ボクの大事な嫁入り前の体を傷物にしたんだよなぁ〜」 グロックで突かれた所をさすってみせる。 「なんだよ、どうすればいいんだ?」 「わかってるくせに・・・。はいこれだけ」 手のひらを広げて見せた。 「これだけって、まさか・・・五千円でいいのか?」 「ばか野郎!!」 げしっ!!茜のグーが炸裂。 「乙女の胸を触っていながら、5千円とはなんだ!5万円だ、ご・ま・ん・え・ん!」 茜の一撃に耐えながら、なんとか立ち上がる。 「わかった、わかったから今は勘弁してくれ。持ち合わせも無いし、それどころじゃないんだよ」 「ふ〜ん、まあいいや。今回は貸しにしとくからね」 「わかってるって・・・」 路地裏から顔を出して辺りを見回したが、すでに姿を見失っていた。 「くそ・・・やっちまったか・・・」 一応の依頼は達成したものの、あの美人を逃した事に悔しさを感じる。 諦めて帰ろうとしたとき、女性の悲鳴が辺りを切り裂いた。 「小次郎!」 「あぁ!」 二人は声の方へと走り出す。 現場は小次郎たちの隣の路地で、若い女性が倒れている。 「こいつは・・・」 倒れている女性の傍らから血が滲み出している。 素早く脈を取る。 「どう?小次郎・・・」 茜が心配そうに見るが、小次郎は黙って首を横に振る。 「そんな・・・」 茜は出来たての死体を前に震えている。 その間に小次郎は死体をチェックする。 「これが凶器だな・・・」 心臓を何度か刺されており、完全に相手を殺すつもりの犯行である。 傷口からは、鮮血がまだ溢れ出しアスファルトを濡らす。 血の臭いが充満し、吐きそうになるのを必死に留めて周囲に何か残っていないか調べる。 「茜、写真撮っといてくれ」 「え〜、嫌だよ。こんなの撮りたくないよ」 茜は血に恐怖を覚えている様だ。 「証拠写真になるかもしれないんだぞ。スクープだぞ、スクープ」 その言葉に多少プロ意識が目覚めたのか、死体の撮影を始めた。 小次郎は地面を這いずり、遺留品を探す。 カメラのフラッシュが光るたびにキラリと反射する“モノ”を見つけると、ハンカチでそれを包み、ポケットに入れる。 「小次郎・・・大体撮れたよ・・・」 ショックが大きいのか、茜の顔が青ざめている。 「よし、ここを離れるぞ。急げ」 「ちょっと待ってよ・・・」 路地の入り口には既に人だかりが出来ており、その間を強引に割って出た。 茜も何とか抜け出した所で、パトカーのサイレンが聞こえてきた。 「間一髪だな・・・」 現場とは向かい側の路地に逃げ込み、なんとか急場を凌いだ。 〜路地裏〜 「これからどうするんだよ」 茜が後ろで同じ言葉を繰り返す。 「ちょっと黙っててくれないか」 小次郎はずっと一人で考え込んでいる。 (さっき殺されていたのは、間違いなくターゲットの浮気相手の女性だった。つまり犯人の有力候補はターゲットという事になるのだが、まだ確証が無い。もしかして、途中で別れて、別の誰かと会っていたのかもしれないし・・・) 「小次郎、あれ!」 茜が袖を引いてショウウインドウに設置されているテレビを指差す。そこには、ニュースキャスターが緊張の面持ちでニュースを読んでいる。 「・・・番組を中断してニュースをお伝え致します。さきほど女優の川峰麗子さんが、刃物で刺されて死亡するというショッキングな出来事が起こりました。現場に対馬アナがいます。対馬さ〜ん」 「はい、現場の対馬です。先ほど午後2時30分頃に女優の川峰麗子さんの死体が発見されました。現場での目撃者の情報によりますと、川峰さんのほかに不信 な男女が目撃されております。現在警察では、この目撃情報を頼りに周囲を捜索中。重要参考人として指名手配する事になっている模様です」 なおも、現場からのリポートは続いているが、近づくサイレンの音に身を隠す。 「なんか、大変なことになっちゃったね」 「そうだな・・・。それにしても、女優だったのか。どうりで美人のはずだ・・・」 あの魅力は只者では無いと思っていたのだが・・・。 「えー!まさか小次郎、知らなかったの?」 「あぁ」 「信じられない。今やお茶の間の有名人の川峰麗子を知らないの?」 「俺はテレビとか見ないからな」 小次郎はテレビどころか、映画や雑誌、新聞に至るまで読もうとしない。したがって、流行り等とは一番遠い所にあると言える。本来の探偵とは、世情に長けていなくては商売にならないのだが、小次郎に限って言えばなんとか成り立っている。 「ふ〜、これからボク達お尋ね者だね」 「そうなるな・・・」 「あ〜あ、こんな事になるなら小次郎なんかに声掛けるんじゃなかったよ」 「それはこっちの台詞だ。お前が居なけりゃ見失う事もなかったんだ」 「見失うって何よ」 「え、その、いや、なぁ」 思わず口を滑らせてしまった。 「ちょっと、何を隠してるのよ。正直に言いなさい」 茜が詰め寄る。 「あ、茜。落ち着け、なあ」 必死に説得を試みるが、こういった状況では逃げ出せない。 「い〜や、きちんと聞かせてもらうよ」 さらに詰め寄った時、 「ピーーーッ!そこで何をしている!」 「やばい、警察だ。茜、逃げるぞ」 「誤魔化したな、小次郎」 言いながら小次郎の後ろについて走る。 「待ちなさい!止まれ、止まりなさい!」 警官の声が路地裏に木霊するのを後ろに聞きながら、人込みへと紛れ込んでいった。 二人は指名手配の逃亡犯として、追われる事になってしまった。空には暗雲が立ち込めており、二人の行く先に翳りを落としているのだった・・・ 続く 第弐部のあらまし。(予定) ひょんなことから指名手配される小次郎と茜。 昔馴染みの新城の協力で指名手配は解除されたものの、嫌疑自体がなくなったわけではない。 小次郎は自分の無実を証明するべく動き出す。なぜかそこへ二階堂も参入して事件はますます混迷を極める。 果たして真犯人は誰なのか。真犯人を探し出すのは、小次郎か?それとも二階堂か? 期待せず待て! |