「EVE」 -夢の様な一日-![]() |
AM8:00 サン・マンションの一室
「おーきーなーさい。このねぼすけ!」 「う〜ん、あと五分だけ・・・」 「だーめ、時間に遅れちゃうわよ。さあ真弥子ちゃん」 ベッドの上で布団に包まっているのは御堂真弥子ちゃん。トリスタン号での事件から一週間が過ぎている。 彼女にとって色々な事が一度に押し寄せてきて、だめになっちゃうかと思ったけど、結構芯が強いのよね、この子は。 ホントに大変だったと思うし、これからもきっと忘れられないと思う。それは彼女が自分で乗り越えていかないといけない事なの。私みたいにね。 でも、一人じゃきっと辛いと思う。だから私が側にいて守ってあげたいと思って彼女を引き取って面倒をみることにしたの。 昨夜は弥生を呼んで三人でぱーっと飲み明かした。 真弥子ちゃんはさっさと酔いつぶれちゃったので、弥生と徹底的に飲み比べをした。 おじさまとの事は言えなかった。言えるわけもなかった。 弥生も私が隠し事をしているのに勘付いているようだったが、あえて言及はしなかった。 という様な事情があったのだがそれはそれ、これはこれという事でねぼすけにはお仕置きをしなくちゃね。 布団に潜り込んで悪戯を・・・。 「きゃ!何を・・・」 悪戯された真弥子ちゃんは飛び上がるように起きた。 「相変わらず感度が良いのね」 「もー、まりなさん朝から何するんですか!」 顔を真っ赤にしながら言う。 「怒らない、怒らない。早く準備しないと置いて行くわよ」 「いっけなーい」 真弥子ちゃんは急いで洗面所へ行った。 今日は、小次郎とプリシアと四人で遊園地へ遊びに行くことになっている。 本部長には特別有給休暇をたーぷりともらっているので、時間の心配はない。 「う〜ん、天気がいいわね今日は」 日当たり良い部屋なので、太陽の日差しが眩しいくらいに差し込んでいる。 「さぁて、行くわよ」 「待ぁってよー、まりなさーん」 意地悪したくなるのよね、真弥子ちゃんって。 こんな会話が、平穏な日々に戻って来た事の嬉しさを感じさせてくれる。 二人はそろって出かけた。 ◆ 同刻 あまぎ探偵事務所 「起きて下さい、小次郎様ぁ〜」 体を少しだけ揺らす。 「う、う〜ん。今日は仕事なしだ。寝るんだ、邪魔するな」 「ふぇ〜ん、小次郎様が怒ったぁ〜」 泣きながら戻ると、 「プリンちゃん、あんなのじゃだめだめ」 「恭子さん?」 恭子さんは、ツカツカと小次郎様の所へ向かうと、 「あんたって人は、いつまで寝てるの!」 恭子さんの必殺踵落としが小次郎様の体にめり込んだ。 「ぐわっ、なっ何すんだよ」 布団から転がるように出てきた。 「あんた今日、法条さんと約束があるんでしょ?プリンちゃんがさっきから待ってるわよ」 「あっ、やばい。そうだったな」 ぼさぼさの頭を気にしながら立ち上がり早速準備をはじめた。 「プリン、服出してくれ」 「は、はい」 スリッパをパタパタとさせながら小次郎様の服を出す。 「何よ、いつもの冴えない服じゃないの」 恭子さんが呆れた顔で見ている。 「俺はいつも自然体なんだよ」 ものの数分で準備を終えてしまった。 「じゃあ氷室、あとの事は頼んだぜ」 「ええ、楽しんでらっしゃい。プリンちゃんもね」 「はい、お願いします」 プリシアは行儀良くお辞儀した。 二人はそろって出かけていった。 「は〜、世の中には変わった王女様もいるものね」 まさか自分が一国の王女様にお辞儀されるとは思ってもいなかった。 さらに、王女様を小間使いにする小次郎もすごいと言えばすごいのだが・・・。 二人は並んで歩いているのだが、どうしてもプリンの方が遅れてしまう。 そのたびに立ち止まって待ってやる。これは俺の悪い癖なのかもしれない。それともかつての恋人と並んで歩いた感覚が残っているのかもしれない。 「どうかしましたか?小次郎様」 「え、あぁちょっとな」 プリンのきょとんとした顔を見つめてしまう。 「なあ、プリン」 「なんでしょうか?」 「お前、ここに居て楽しいか?」 「どういう意味ですか?」 小次郎が急に真面目な顔をしたのでプリンも真面目に聞き返す。 「お前、王女様だよな。それなのにお前のことをパシリみたいに使ってさ。王宮ならもっと楽で豪華な生活も出来るだろうに・・・」 プリンが着ているのは、前と変わらず小次郎のよれた服である。 「小次郎様は、私のことが邪魔なのですか?」 涙が出るのを我慢している様だ。 「私が居ると迷惑ですか?」 今にも涙がこぼれそうだ。 「俺は・・・プリンに居てもらいたいと思う。これからもね」 「ホント・・・ですか?」 「あぁ、ホントだ」 「小次郎様ぁ〜、ふぇ〜ん」 遂に泣き出してしまった。 「おい、泣くな。変な目で見られるだろう」 周りの通行人が奇異の目で見ている。 「ひっく、ひっく。はい、泣きません」 「ほら・・・」 ジャケットに入っていたシワだらけのハンカチを出して拭いてやる。 「ありがとうございます、小次郎様」 「よし、じゃあ行こう」 今度はプリンの歩く速さに合わせてやった。 プリンは自分より背の高い小次郎を眩しそうに見上げた。 『小次郎様、私はあなたと一緒にいられる時間がとても大切で、とても幸せなんです。小次郎様が私を選んでくれなくても、私は小次郎様のことを思い続けます』 心に秘めた思いを仕舞っておく。今はただこの瞬間の幸せをかみしめていたかった。 「プリン、なんかにやけてないか?」 「なんでもないです」 少し恥ずかしかった。 「変な奴・・・」 二人は少し急いで待ち合わせの場所へ向かった。 ◆ 遊園地ゲート前 集合場所へ二組はほぼ同時に来た。 二組とも約束の時間に30分遅れている。 「ハロハロー!」 最初に声を掛けたのは、まりなだった。 「おう、法条」 小次郎がそれに応える。 プリンと真弥子が視線を絡める。そしてプリンが笑顔で 「おはよう、真弥子さん」 と言うと、真弥子も 「おはよう、プリシア」 と返した。 トリスタン号で救出されて以来の対面なので少し緊張しているのかもしれない。 小次郎とまりなはアイコンタクトで会話する。 『なんか気まずい雰囲気だな、法条』 『あんたが遅刻するからでしょ、小次郎』 『何言ってんだよ、お前も遅刻だろ?法条』 『プリンちゃんも大変よね、あんたみたいなぐうたらと一緒じゃね、小次郎』 『真弥子も大変だよな、お前みたいながさつなのと一緒じゃな、法条』 『なんですって!』 『なんだよ!』 いつもまにか二人は距離を詰めて睨みあっていた。 「まりなさん・・・」 と真弥子。 「小次郎様・・・」 とプリン。 気まずい雰囲気は笑って誤魔化せとばかりに、二人で笑った。 今日はみんなで楽しむ事が目的なのだ。 早速四人は遊園地へと入った。 遊園地は休日ということもあって、満員御礼であった。なんとも言えない人ごみにうんざりしながらアトラクションを回った。 メリーゴーランド、お化け屋敷、ジェットコースター・・・。 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。 最後、観覧車に乗る頃には、夕日が山の向こうに隠れて街に明かりが灯り始める時間帯だった。 真弥子の希望で、小次郎・真弥子、まりな・プリンのペアで乗り込むことになった。 「小次郎さん・・・」 「なんだ、真弥子?」 ふたりきりになるのは久しぶりである。 「私との約束覚えてる?」 「なんだったかな?」 「小次郎さんと私は婚約者で、いつか結婚するの」 「そうだったか?」 「うん・・・。初めて会ったときのことは覚えてる?」 「あぁ、覚えてる。真弥子が暴漢に襲われそうになった時だったな」 「あの時ね、まりなさん助けてって思ってたんだけど、小次郎さんが現れたの。なんか変な人だなって思ったけど、少しずつ変わっていった」 そのまま黙って聞く 。 「トリスタン号の上で咄嗟にあなたを婚約者にしたのは、その場限りのことじゃなかった。私の本当の気持ちなの・・・」 「真弥子、俺は・・・」 「待って、それ以上は今は言わないで。今の私は小次郎さんにとってまだまだ子供かもしれない。けれど、きっと小次郎さんを振り向かせる事の出来る女になる。そのときまで結論は待ってほしい・・・」 真弥子の体が震えている。彼女にとって勇気のすべてを振り絞った結果なのだろう。 「・・・わかった」 真弥子の手を優しく握り締めた。 一方、まりなとプリンの方は、 「いいの?プリシア」 小次郎と真弥子が二人っきりになる事を言っている。 「ええ、私は真弥子さんが幸せあって欲しいんです」 「優しいのね」 「そんな事は・・・」 うつむきかげんになる。 「あなたも小次郎の事が好きなんでしょう?」 「どうしてそれを・・・」 プリンの反応は予想通りだった。 「は〜、プリシアを見ていて気づかないのは鈍感男くらいよ」 鈍感男がくしゃみをしている。 「恋はね、周りを見ちゃいけないのよ。好きになったら突き進む。時には奪い取ることだって必要よ」 「でも・・・」 「いいのよ。プリシアにはプリシアなりの恋の仕方があるんだから無理する必要はないわ」 ちょっと可愛そうだったかな? 「私は・・・」 「真弥子ちゃんには、私直伝の恋の駆け引きを教えるつもりよ。恋敵のあなたがそんな頼りないと張り合いがないじゃない」 冗談めかして笑いかける。 「まりなさん・・・もう!」 自分がからかわれている事にようやく気が付いた。 「あはは、ごめん。ついついね」 まりなさんの笑顔につられて一緒に笑う。心が温かい。 優しい心遣いが感じられる。真弥子さんもきっと同じ気持ちになった事だろう。 「さあ、もうそろそろ着くわよ」 「はい」 観覧車での短くも長い時間が終わった。 「さてと、行きましょうか?」 「行くってどこに行くんだよ、法条」 「じゃーん、これ」 まりなは懐からディナーの招待券を出した。 「えー、これって有名なヒルトンホテルの?」 真弥子が真っ先に言った。 「そう、最上階の高級レストランの招待券よ」 自信たっぷりに言った。 「法条、なんでお前がそんなものを持ってるんだ?ヒルトンの最上階と言えば、VIPや国賓が招かれる所じゃないか」 高級料理といえば、トリスタン号でも真弥子にもらった食べ物くらいで、まともに良い食べ物を食べたことは久しく無い。 「これは本部長からの贈り物なの」 「本部長ってあのヒゲか?」 「そう、あのヒゲよ」 ヒゲ呼ばわりされた本部長は悔し涙を流していた。本来このディナー券は愛人・・・もとい職場の同僚と二人で行くためのものだったのだが、鼻の利くまりな が見つけてしまい、その上2枚追加(勿論経費で・・・)させられて、今はそのための口実を作っているのだ。 「持つべきは理解のある上司だな」 小次郎は関心した様にまりなを見た。 「あったりまえじゃないの」 大人の世界の話に真弥子とプリンはついていけなかったのだが、とにかく高級レストランで食事できる事実は把握しているようである。 「さて出発よ・・・と、その前に」 「なんだよ法条、調子狂うじゃないか」 「この格好じゃあ、入れてくれないわよ。きちんと正装しないとね」 もっともな意見である。この格好では玄関先から断られそうだ。 という事で貸衣装屋で正装した後、ヒルトンへと向かった。 ◆ ヒルトンホテル 着替えの時間の都合で小次郎が先に待っていた。 そこへ、着替えを済ませた三人が到着した。 「ほう〜」 三人とも見まちがえる程綺麗になっていた。 法条は抜群のスタイルを生かしてチャイナドレスにフサフサのマフラーを、ってこの格好は前に見たような・・・とにかく腰まで切れ上がったスリットが男性諸君の視線を集めている。 プリンはさすが一国の王女だけの事はあって、ドレス姿に気品が感じられる。立ち振る舞いも堂々としており、周りの人間が格下に思えるほどである。 真弥子は、胸元が大胆に開かれたドレスにティアラをつけている。 無理に大人を演出するのではなく、真弥子の魅力が出るように清楚な雰囲気になっている。また、眼鏡もコンタクトに代えていてイメージが変わっている。 「小次郎さん、似合ってる?」 真弥子が恥ずかしそうに聞く。 「あぁ、とても似合ってるよ」 「ありがとう・・・」 それを見るまりなとプリンは笑顔である。 真弥子がこのドレスを選ぶのにそれだけ苦労したのか知っているからである。 四人そろってヒルトン最上階に上ると、席に案内された。 すぐにワインが出される。 「今日は楽しかった?二人とも」 まりなが聞く。 「「はい」」 二人は同時に答えた。 「よし、それじゃあ四人の明るい未来に・・・小次郎、あんたが音頭をとりなさい」 「俺が?」 「そうよ、さっさとしなさいよ」 「わかったよ。それじゃあ・・・」 「長い挨拶は抜きね。すぐに食事も来るんだから」 「わかってるよ。真弥子、プリン、そして法条・・・みんな無事に戻ってこられて良かった。今日はそのお祝いだ、乾杯!」 「「「乾杯!!」」」 グラスを軽く合わせると、チーンという音色が響いた。 最高級の料理に加えて、窓の外の夜景はまるで夢の世界のように輝いていた。 四人はお互いに談笑を交わす。 どんな辛い事でも、過去になってしまえばみんな良き思い出に変わるものである。 そしてディナーも終わり帰路に着く。 「今日は本当に楽しかった」 真弥子が誰に言うでもなく呟いた。 今回の事件で一番深く傷ついているのは真弥子に違いない。 大切な人たちを次々と殺し、自分の存在までも否定された彼女にも残されたものがあった。それが、“今”なのだ。 「まりなさん、写真見せてもらえますか?」 プリンが言った。 今日一日の思い出として、写真を撮っていた。カメラはポラロイドなのですぐに見れる。 楽しい思い出。その全てが写真として残され、思い出が色あせることがない。 四人で公園の芝生の上に座っている写真を撮ってもらった。この写真が真弥子お気に入りである。 「笑って・・・」 「みんなが笑ってくれれば、私も幸せになれる・・・」 「お願い、笑って・・・」 「私、ちっとも不幸じゃないよ・・・」 「だって今こんなに幸せなのだから・・・」 「お願い、笑って・・・そうしたら、わたし・・・生まれてきた意味が・・・ある・・・」 その声は、水の中で木霊していく。 ◆ エルディア王国 宮殿奥の間 「プリシア様、いかがなさいましたか?」 「いえ・・・今、真弥子さんが笑った様な気がして」 床にはプリシアと同じ姿をした少女が眠っている。 その表情が一瞬笑ったように見えたのだ、夢を見ているかの様に。 「気のせいでしょう。爺や、行きましょう」 「・・・よろしいでしょうか?」 「何か?」 「真弥子様がお目覚めになったとしたら・・・いかがなさいますか?」 爺やの声は不安の色を帯びている。 「真弥子さんは自分を犠牲にして私たちを助けてくれました。彼女が望むのであれば、私の命を差し出しても構いません」 「プリシア様・・・」 「でも・・・彼女は、真弥子さんはそんな事を望んだりはしないでしょう」 トリスタン号での出来事が思い出される。 自分の遺伝子から作られ、アクアさんの記憶を元に作られたクローン。それが御堂真弥子の正体であった。 しかし、直接触れた彼女は誰かのコピーではなく、御堂真弥子という一人の個人であった。その彼女が望むもの・・・それは、あたりまえの日々。 当たり前に学校に通って、当たり前に友達と笑い、当たり前に恋をする・・・。 そんな平凡な願いすら聞き入れられる事はなかった。 「真弥子さんが願うこと。それは自分の居場所へ帰る事」 「居場所・・・ですか?」 「そう、あの人たちのいるあの場所へ戻る。それが彼女の願いであり・・・私の願い」 「・・・女王になられた事を悔やんでおいでですか?」 「真弥子さんの目が覚めた時、彼女が誰からも利用されることの無い様にする事。それが私の役目と思っています」 「プリシア様・・・」 「爺や、心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫。さあ戻りましょう」 「はい」 宮殿内をゆっくりと歩いていく。 自分の胸に誓う。 『いつかきっと、みんなで笑って過ごせる日々が戻って来る様に頑張ります。そしてきっとあなたの所へ帰ります。それまで待っていてくれますか?・・・小次郎』 窓の外の月を見ながら、遠い国にいるあの人にこの思いを届けたいと思うのであった。 いつかきっとみんなで・・・ 了 |