「EVE」 -Pursue a Sincerity-

「ペンは剣よりも強し」
 昔の人は良いことを言う。
 僕の仕事は世間様の陰で泣いている一般ピーポーを助ける為に真実を追い求める事なんだ。
 僕は柴田茜。一匹狼のジャーナリスト。
 僕の相棒は、このショルダーバックの中の可愛い奴。
 僕と相棒にかかれば、すべては白日の元へ曝されるはずなのだ。
 ただし、僕が追うのは善良な市民ではなく、人の生き血を啜って生きる悪逆非道な連中だけである。(ちょっと古いかも・・・)
 もちろん危険な事は次から次へと押し寄せてくる。
 しかし、僕はそんな困難にも負けず日々がんばっているのだ。
「お前、さっきから何してんだ?」
「えっ、居たの小次郎?」
「居たのってなあ・・・ここは俺の事務所だ!」
「まあまあ、気にしない気にしない」
 説明しよう。
 小次郎とはあまぎ探偵事務所の所長で、自称腕利きの探偵。
「なんだよ、その自称ってのは」
「うるさい。外野は黙ってなさいよ」
 こほん。
 続きですが、彼は元桂木探偵事務所の平社員で、クビになった後に独立と称して倉庫に居ついている浮浪児である。
 どうせ、弥生さんのお尻でも触って辞めさせられたのだろう。
 今では氷室さんという助手を抱えているようだが、彼女の口から愚痴の出ない日はない。
 そんな哀れな小次郎に仕事の紹介をしている優しい天使が僕である。
「開いた口が塞がらん・・・どこに報酬の2割もネコババする天使がいるんだ?」
「何よ、これは正当な情報提供料じゃない。いいよ別に、文句があるなら弥生さんのとこに回すから」
 小次郎の表情が渋くなる。
「僕はどっちでもいいんだけどなぁ」
「・・・わかったよ」
 渋々折れる。
「やっりー!」
 実は通常報酬の他に成功報酬をもらっていたのだが、その事は小次郎には伝えていない。
 氷室さんが居たらもう少し面倒だったのだが、今彼女は別件で居ないのだ。
 予定以上の収入で気分が良いので、少し思い出話をしてあげる。

僕は、ある金持ちから探し物の依頼を受けたの。
 その内容は胡散臭いものだったんだけど、金払いが良かったんで引き受けたの。
 それがあの忌まわしい事件の始まりだった。

 僕は仕事の依頼を小次郎と弥生さんの両方に流したの。
 無事に依頼を終えたんだけど、依頼人が殺されたの。
 殺された依頼人ってのが私たちに依頼した人とは別人で、どうなっているのか分からない状況だったんだけど、どうやら国際的殺し屋が絡んでると分かりこれはスクープのチャンスとばかりに桂木探偵事務所の二階堂って人に近づいたの。
 そして、事件に関係する重要な物を預かったんだけど、その後に二階堂さんが殺されちゃったの。
 やばいなあと思ったときには手遅れで、奴らに捕まって私は陵辱されて殺されそうになったの。
 そんな時に私を助けてくれたのが小次郎。
 あの時、本気で好きになりそうだったんだから・・・。
 これは内緒ね。
 それから僕は事件が解決するまで身を隠して、終わった後に全てを教えてもらったの。
 ほんのちょっぴり借りができちゃったかな?

 あれから1年が過ぎて平和な日常が戻ってきたんだけど、僕はなかなか立ち直れなかったの。
 でも、みんながんばってるのに私だけいつまでもくよくよしてても始まらないし、またスクープ探して走り回ってるってわけ。
 小次郎にちょっと引け目があるけど、関係ない。
 氷室さんといい、弥生さんといい、プリンちゃんといい、なぜか小次郎に気があるらしい。(僕もちょっぴりだけどね)
 そのくせ小次郎ははっきりしない。女の敵だね。
 さて昔話はここまでにして、現実に戻ろう。
「小次郎、今日僕がここに来た理由が分かる?」
「暇だからだろ?」
バシィ!
「痛い!何すんだよ」
「僕はこう見えても売れっ子ライターなの。小次郎みたいに猫探ししてる暇はないんだからね」
「悪かったな、猫探しだけで・・・。あれは氷室の奴が・・・ぶつぶつ」
「まーそんなことはどーでもいいけど、新しい依頼があるんだけど・・・どうする?」
 小次郎は探るような目つきで見ている。
 こんな時には決して弱みを見せてはいけない。それが駆け引きの基本なのさ。
「とりあえず、聞いてやるよ。ただし、おっさんの依頼は断る」 
「大丈夫だよ。依頼人はピチピチの女子大生」
「ほう〜」
 努めて真面目な表情を取り繕うが、口元が緩んでいる。
 完全にこちらのペースだ。
「依頼内容は彼女の身辺警護」
「どういう事だ?」
 小次郎の顔が急に怪訝そうになる。
「彼女は私の追っている件の情報提供者なの。最近流行りの宗教関係」
「なんとかの花とか生活空間とかいうやつか?」
「うん。彼女の父親が元関係者なんだけど、つい最近事故で亡くなったの」
「事故か・・・」
「そういう事になってる」
「どういう事だ?」
「その人、事故に遭った日に私の取材を受けるはずだったの」
「・・・そうか」
「怪しいでしょ?」
「確かにな。それで?」
 続きを促す。
「最近誰かに見られているって言ってるの」
 小次郎は無言のままである。こういう時には考え事をしている時だから邪魔しない様にする。
「それで、お前は彼女が父親から何か預かっているんじゃないかと思っているわけだ」
「!」
「だってそうだろ?身の危険があるのなら警察に頼んで保護してもらうのが良い。だが俺に依頼するってことは、その何かを探して欲しいって事だろ?」
 小次郎の勘はかなり鋭い。
「えっと、その・・・警察って何かあってからじゃないと行動できないじゃない。だから彼女を安心させる為にもねっ、お願い小次郎」
 ここは情で攻めるしかない。
「・・・まあいいか」
「ホント?ホントに」
「ああ」
「やったぁ!」 
「その代わり、報酬はきちんと払えよ」
「分かてるって」
 彼女の名前・住所・連絡先などのメモを渡すと、小次郎は事務所を出て行った。
 小次郎が行ったあとで、携帯電話を取り出してコールする。
「プルルル・・・あっ茜だけど、うん、うまくいったよ。うん、うん、分かった。じゃね」
 携帯を切ってカバンにしまう。
「さてと、私もいかなくちゃね」
事務所の鍵もかけずに出かけた。

 一旦部屋に戻り、次の取材の準備をする。
 あの件は、小次郎にまかせておけば大丈夫だろう。
 なんだかんだと言っても、小次郎が頼りになることは間違いない。
 小次郎が引き受けてくれれば、後の心配はしなくてもいい。
「私にできることをやらなくちゃ」
 近々エルディアへ行くことになっている。
 あの事件はみんなに大きな傷跡を残した。
 このままじゃ終われないという思いが少しずつ膨らみ、ついに現地に行って自分の目で確かめる事にしたのだ。
 そのために今抱えている仕事を片付けなくては・・・。
   この事はもちろん小次郎には内緒にしている。
 絶対に行くな。なーんて言うにきまってるから。
「さてと・・・茜、ファイト!」
準備を終えて次の取材へ出かけた。

 三日後・・・。
 何とか手持ちの仕事を終わらせることが出来たので、自分の部屋に戻ってきた。
 取材中は各地を飛び回るので、部屋には戻らない事が多い。
 荷物を降ろしてソファーに倒れこむと、部屋の隅で電話の留守電表示が点滅しているのに気が付いた。
 重い体を引きずって、メッセージを聞く。
「ピー、俺だ、小次郎だ。なんだまだ帰ってないのか?例の件終わったからさっさと報酬持って来てくれ、じゃあな。ガチャン、ピー。○月○日午後11時34分です。」
「小次郎終わったのか・・・じゃあ明日ね、明日行くよ・・・グぅ」
 ソファーの上で眠ってしまった。
 次の日、港の倉庫街に向かった。
 今にも落ちそうな看板のついた入り口の前で立ち止まる。
 ノックしようとしてやめた。
 なにやら揉めるような声が中から聞こえてきた。
 そっと中に入ると、声がはっきりと聞こえる。
「小次郎、あんたはどこで何やってたのよ!」
「だから、茜の口利きで依頼を引き受けていたんだよ」
「じゃあ依頼料はどこよ。あんたが居ない間に大変だったんだから。借金取りが来て、ネーちゃんが代わりに働くか?なんて言われたのよ」
氷室さんの声が倉庫内に響いている。
「報酬は茜が持ってくるって言ってるだろ」
「来ないじゃない。何時来るのよ」
「それは・・・わからん」
「何いってんのよ!あんたは私がどれだけ苦労してやりくりしてるのか分かってんの?」
 どうやら氷室さんは本気で切れたらしい。
「触らぬ神に祟りなし、いや君子危うきに近寄らずだったかな?」
 とにかくこの場をゆっくりと抜け出すことにした。まさか、報酬はすでにエルディアへの旅費で無くなったなんて言える雰囲気ではなかった。
 抜け出そうとしたときに、入り口にFDを見つけた。これはひょっとして・・・。
 天のお導きだ。思わず手を合わせてしまう。
哀れな小次郎の姿を見てやろうと顔を出したその瞬間、小次郎と目が合った。
「あー、茜。お前!」
 やばい、見つかった。
「小次郎、あんたねぇ・・・」
 言い逃れる為の口実だと思った氷室さんは拳を固める。
「氷室、ほんとだ。あそこに茜が・・・」
 なんとかなだめようとするが、返って逆効果になった。
「茜ー、戻ってこーい!」
「まだ言ってるの!小次郎のばか!」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 無事に抜け出した僕が最後に聞いたのは、小次郎の哀れな叫び声だった。
「小次郎・・・骨は拾ってあげるからね」
 決め台詞を残してあまぎ探偵事務所を後にした。

数日後、羽田空港からエルディア行きの飛行機に乗り込んだ。
 これはまた小さな物語の始まりでもあった。

 CDドラマ「エルディア秘録」へ続く。