ガンパレードマーチ・外伝

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第18幕

若宮が善行の部屋をノックしたとき、善行は、自室にて家に送り返す荷物を選別していた。
 戦地に行くのに持っていくものなど、たかが知れている。
大部分は実家に送り、手元には二枚の写真だけを残した。

 両親に対する手紙を書き、ついでに遺書もしたためるつもりだったが、中々洒落た文句を思い付かず、まだ何も書いていなかった。

「どうぞ」
「失礼いたします。少尉」
「どうかしましたか?」
「はっ。少尉に面会の方がおられまして」
「どんな方ですか?」
「すごいべっぴんであります」

海兵なまりで、若宮は直立不動の姿勢のまま言った。
 そして10秒待ったあと、さぐるように視線をそれとなく善行に向ける。
また視線を上を向けた。

 善行は立ち上がった。

「ありがとう、戦士」
「いえ」

 若宮は帽子掛けから善行の帽子を取ると差し出した。
善行は一瞬考えた後、帽子を受け取る。
 脇に挟んで歩いた。



面会室に入ると、うなだれていた花が生気を取り戻すように輝いた。
 髪の長い原が、顔をあげる。

「素子……」
「一言くらい言ってよ。遠くに行くって」

原は、涙を拭いた。笑ってみせる。

「心配したんだから。心配したのよ」
「……すみません」

 まずいと善行は思った。彼女が校長の件に関わっていると思われてはたまらない。
しかし善行は、ここで冷たい声を出すことができなかった。二十歳の限界と言える。

「こんなところまで一人で来たんですか」
「ええ。そうよ。親ごまかすの大変だったんだから」
「……はあ」
「はあじゃない。もっと嬉しそうな顔しなさいよ。今日は泊りなんだから」

 善行は微笑んだ後、眼鏡を指で押して表情を消した。

「すみません。でも、僕は忙しいんです」
「今日、休みなんでしょ。取り次ぎの人が言ってたもの」
 善行は若宮を僕の良心に賭けて誓って逆さ吊りにしてやると思った。
やつは彼女の安全のことなど、考えてはいないのだと思った。

「……休みですが忙しいんです」
 原は、その細い手で、細い指で善行の眼鏡を取った。
顔を至近に近づける。

「休みなら休みでしょ?」
 善行は原の髪を自分の武骨な指ですいた。
「どうしても、絶対に駄目なんです。分かってください」
「ここ、こんなに硬くなってるのに?」

善行は赤面した。面接室に立っている歩哨は知らん顔をしているが、顔は茹蛸のようだった。変人どころか変態の噂が立つのは必至だった。善行は席を立つ。
「場所をかえましょう」
「うんっ」

 罪のない表情で原はにっこり笑った。嬉しそうに腕につかまってくる。
善行はなるべくそれを払いのけながら、若宮が帽子を渡した時点で、ひょっとしたら、少しはどこかこういう展開を僕は望んでいたのかも知れないなと思った。

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なるべく人通りの多い所を通った。
 品物を受け渡ししているなどと勘違いをされては絶対にいけないと思った。

原は、普段そうやって居たように幸せそうに嬉しそうに、時々恥ずかしそうに表情を変えながら大袈裟に手を動かし、善行の腕に抱きついた。

黙って舞鶴に出てきたことを、原は何も言わなかった。
ただ開いた時間を取り戻そうとしていた。

善行は原の横顔を見ると、つかの間だけ手の大きい女を思った。
思っていたことを、口に出す。

「なぜ、黙って舞鶴に出てきたことを責めないんですか」
「戦争、行くんでしょう」

「近所のお姉さんも、同じことされたから。その後一生後悔しているって言ってた。それで、男は勝手だと言うのは簡単だけど、それを言う女はクズだと思う」

原はそう言って笑った。少しはにかんだ笑いだった
「好かれていることを受け止めきれない女は生きる価値ナシっ」

 勘違いか。 いや、あまり勘違いでもないか。戦争に行くのは事実だ。
善行は眼鏡を指で押して、口を開いた。

「私はそう思いませんよ。好かれていることを自覚するのは恐い人もいる」
「それは、貴方のこと?」
「そうかもしれません。……僕は、クズですね」
「男はいいのよ。そこがかわいいんだから」

 善行は、それを聞いて女の敵は女だなと思った。

原は不意に照れて微笑むと、善行の眼鏡一杯に顔を映した。
この人物は、卑猥なことを言っても照れはしないが、好きな人物の前では良く照れた。

「でも、それ聞いて安心した。あの女に取られたかと思った」
 善行は微笑むに留めた。

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 夜中になって善行は、原と別れた。
ホテルの前で、善行は帽子を被る。

「似合っているけど、似合ってないわ」
「なんですか?それは」
「軍なんかに取られたくないもの」
「軍はキスなんかしてくれませんよ」

 善行は背筋を伸ばした。

そして笑って敬礼した。
 泣く原に向かって、堂々とした敬礼をしたつもりだった。

「行ってまいります」



善行はその三日後、戦地へ向かう輸送艦に乗った。




<続く>


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