魔導の決め手
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 魔導の決め手?そうだな、あの男なら、ただ笑うだけだろうが。
                           <ロックシンガーの言葉>



 
01

 「そこまでだ。お若いの。」
 その男は、現れた瞬間に、すべての闇を一瞬で放逐した。
血に濡れた鞭剣を構えたまま、兵士達に囲まれたスズランは顔をあげた。
大胆不敵な背教者を見る。

 なんと頼もしい背教者か。スズランは、一瞬だけ、異教に惹かれた。

 誰よりも誇り高いしわ深い顔、年輪の刻まれた目尻の彫りが、目の動きに合わせて、たしかに細められる。
 

回るステッキ。
「魔導の決め手を教えてやろう。」
 

 その男は、優雅だが一気に走りながら、誰にも真似の出来ない凛々しさで、指先から光の軌跡を伸ばしていった。
 ただのまじないの文句が、正義の讃美歌に聞こえた。

男が通り過ぎた後で、人戦車が次々と破裂した。心臓が破裂したのだ。

ステッキが、静かに少佐の喉元に突きつけられる。
「チェックメイトといこうか、お若いの。」
「…殺せ。」
「そうか。」

 男は、首を軽くついて少佐の頭を粉々にした。

「まだやるかね。」
 回したステッキで帽子をあげ、雑魚を見る。
雑魚達が、訳の分からないことを叫んで走って逃げた。

「いかんなあ、忠義もないとは。」
 軽く笑って、男は、雑魚の背中に、懐から出した黄金の飾り銃を向けた。
ほとんど無照準で連射されたそれが、次々と、走って逃げる悪党どもを打ち倒す。

 スズランは、しばらくそれを眺めた後で、我に返った。
「な、なにを。相手は戦意を喪失していたでしょう!?」
「今はな。お若いの。あとで、無関係な者に八つ当たりされたら、どうするかね。」
 背教者の深い瞳で見つめられて、スズランは、絶句した。自分は正しいことを言ったはずなのに。間違っているような、そんな気になる。
「…に、逃げろと言ったくせに。」
「悪党に、やつがれが、かね。ふむ。今年聞いた中では最高の傑作だ。」
 笑って、男は、傍らの女装した美少年を見た。
メイド服を着たまま微笑んで、ステッキを渡す美少年。

「…」
「そうだ、このお嬢さんに布を。」
「…」
「返り血に汚れるようでは、まだ、立派な騎士ではないよ。お若いの。」
 それだけ言うと、男は、マントを翻して歩き出した。
「それに、女性が血で汚れるのは好みではない。やつがれは年寄りでな。」
 人を馬鹿にしたのか、自分を馬鹿にしているのか、否、全てを敵に回す不敵な笑み。

 その姿が、たいそう似合って、スズランは視線を逸らした。



 
02

 スズランは、汗を浮かべたまま目を大きく開けると、次の瞬間に毛布を剥いで一気に起きあがった。

 ベッドの、きしむ音。

 現実に気づき。下を見て、手で髪をかきあげながら、自分自身の膝を抱く。
 

子供を捕まえては、兵士に徴発するのが諸君らのやり方かね。

 思い出した視線が痛くて、不覚にも涙が、出そうだった。
 

シルクのキャミソールが、衣擦れの小さな音を立てる。
 

 それに、女性が血で汚れるのは好みではない。やつがれは年寄りでな。
男の、不敵な横顔。
 子供を捕まえては、兵士に徴発するのが諸君らのやり方かね。
深い軽蔑。
 

 スズランは、小さな声で、神々への祈りの文句を口にした。
不意に、顔をあげる。耳を澄ます。
 

 男の、荒い息。安堵の声。
少年の淫靡な笑いさざめき。

 隣の部屋。

どうしてこう、あの男は、人に嫌がらせするのだろう。

膝に顔をうずめて、落ち込むスズラン。

 また男の声がして、スズランは、動きをとめた。
 
 

無表情に、つぶやく。
「背教者は見つけ次第死刑、背教者は見つけ次第死刑。」
 そう言った後、とても平静でいられない表情が顔を出したまま立ち上がる。

 シルクのキャミソールのまま、剣を取った。



 
03

 「くぅ、きくー。」
 少年に肩をもまれながら、男は声をあげていた。

 へなへなと空いたドアのへりにすがりながら、安心した、泣きそうな流し目でスズランは男を見た。怒りが、瞳に宿る。
「な、なにをやっているんですか!マクシミリアン! マクシミリアン・フォン・シュバルツワルト!」

「また騙された。何回目かね。」
「40回目です。」
 また、スズランの知らない美少年が、今度はハイソックスの半ズボンでセーラー姿で、色っぽく男に腕をまわして言った。

 握りこぶしを握るスズラン。

「ふむ。寒いのにその格好は大変だろう。紅茶を。」
「結構です。」
「…そうか。」
「…」

 スズランは、自分の胸を、出来の悪い息子を憐れむ目で見られた。
自分も下を見て、何も言わずにドアだけ叩き閉めて、歩き出す。

 涙が出た。

自室につくまで、誰も廊下に出ていなかったのだけが、救いだった。



 
04

コルセットだ。コルセットを、つけなければ。
 あれをつけなければ、私は、女になってしまう。

 鎧下とほぼ同じ作りの無骨なコルセットをぎりぎりまでしめつけて、スズランは、毛布をかぶった。

 痛かったが、今度は、寝れそうな気がした。
 

−了−