ひ ま わ り フ ロ ン ト ラ イ ン
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08

「ありがとうございます。神官様。」
「神の御加護を。お大事に。」

 マディは、フードをかぶったままでそう言うと、右手の指で虚空に聖印を描いた。
光の軌跡を描く指を、老婆は子供のように目を輝かせて頭をさげた。
 次なる患者が微笑んで来るのを押しよけて、後ろから兵士達が運ばれてくる。

「どけ、急患だ! …すみません。神官様。」
「…それは戦傷のようですが。銃…ですね。」
 マディは、フードを取って若いその横顔を見せた。くたびれてはいるが清潔な白い法衣を着る様は完全な神官のそれであるが、横顔から首筋に、首筋から厚い胸板を見る限りでは、戦士と言っても過言ではなかった。

 右手をかかげ、光を集める。 思ったよりずっと深い傷口に、手をあてる。
「助けてやってください。」
「祈りなさい。」


09

三機の人戦車は、腰ほどのひまわりを踏み潰し、かきわけながら、間隔を開いて歩く。

手信号。

 うなずき。

 

 中央の一機が、背負った火炎放射器の銃身を向けた。
一気に、二十mほども炎が伸びて、火だるまになった男が、叫びとも悲鳴ともつかない声をあげて走っていく。

 残りの二機が、ライフルを撃った。

下顎から上を、吹き飛ばされながら、男は、それでも二歩は歩いた。

 人戦車達は、優れた感覚器を開いて、次なる目標を探し始める。


10

ダンの唇からゆっくりと自分の舌を引き抜くと。

 粗末な衣服を着た少女は、大切な何かのように、ダンの頭と上半身を抱きしめた。
長い耳が、時折震えている。
 それだけが、少年が生きている証だった。

指先に感じるダンの味は、汗と、血。
 羽蟲の音。

近づいてくる。羽蟲のささやきに、少女は泣きそうになった。

 粗末な衣服を着た少女は、ダンの重さによろけながら、懸命に細い腕と足に、力をこめる。

 生きていて、欲しかった。


11

「少佐。」
 リシャスは、焼けたひまわりに落とした顔をあげた。

「ほぼ、掃討し終わりました。」
「最後まで気を抜くな。」


12

長い金髪の、12歳の少女がひまわり畑の中で、幸せそうに微笑んでいたのはいつか。


13

マディは、手際よく治療を続けている。
「これで最後ですか。」
「はい。」
「あなた方の敵は?」
「…え、いえ。」
「敵は死んだよ。神官殿。」

 目を細めるマディに、ドアを開けて入ってきたのは、金髪の少佐だった。
名をリシャスとか言う。

「とどめをさしたのですか。」
「我々はずっとこの村に居るわけではない。禍根は断つべきだよ。」
「…」

 非難がましい目を向けたマディに言い訳するように、リシャスの部下は口を開いた。
「ですが。神官様。」
「殺すのは簡単ですが、死者は我々であっても、救うことは出来ません。」
「だろうな。そのインチキ奇跡も、そこらへんが限界と言うものだ。」
「リシャス様!」

「階級で呼べ。…本当に神とやらが居るのなら、そんな天界の工業製品を用いずに、世界を救ったらどうだ。一人も殺さずに。」

「…」
「礼は言っておく。」

 リシャスは、それだけ言うと振り向いて、部屋を出た。


14
 
 そんなことを言うはずではなかったのに。

リシャスは、歯をかみしめると、若い神官の目を振り払うように足早に歩いた。


15

 「も、申し訳ありません。神官様。少佐は、あ、いえ。お嬢様は、はじめて部下を殺されて、気が立っているのです。」
「…いえ。」
「…申し訳ありません。」

 マディは立ち上がると、またフードをかぶった。

あの女は情報軍の少佐だった。顔を見られたのはまずかったと、そう考える。
 早急にこの村から出たほうがいいかもしれない。


16

 「残党が、居るかもしれん。」
「分かってる。こいつはまだ生きてるぞ。」
「…分かった。」

 銃声。

 

 粗末な衣服を着た少女は、至近にそんな声を聞いて、絶望をその瞳に映した。
歯を食いしばってダンの身体をひきずる手をとめ、一度だけダンの頬に手をあてて味を感じると、考える。

 

 次の瞬間には、ひまわり畑をかき分けて、兵士のところに走った。
視界が開けたその先に居た銃口を向けた二人の兵士が驚き、次に激怒する。

 

「なんだ。蟲飼いの娘か! 驚かせやがって!」
「蟲小屋に隠れておけと言っていただろう。…おい。」
 言葉の後ろの方は、同僚に向けられたものだった。
一人の兵士が、肩を怒らせたまま、脅えた表情の少女に近づき、銃床で顔を殴りつけた。

 倒れる音。はげしくせき込む音。

「倒れるな、馬鹿が!」
兵士はそう言うと、少し考えてから、好色そうな笑みを浮かべた。
 蜜を吐き出し、見上げる少女、粗末な衣服から、細すぎるような肩のラインが見える。

羽蟲が、集まり出してくる。

 邪魔そうに蟲を払って、兵士はズボンのベルトを外した。

「趣味が悪いぞ。」
「うるせぇ。俺はこいつの母親だって試したんだ。」
「…やめろ。」
「…」

 片方の兵士が、銃を向けた。
「なんだ。その銃は。」
「…来年の作付けに、問題が出る。」
「…」

 

 沈黙。

「行け。」
 憐れむような目で、蟲使いの少女をかばった兵士は言った。
精一杯、頭をさげると、走り出す少女。

 

よかった。

 そう思って、少女の頬に涙が流れた。

これで、あの少年が助かると。


シーン2 了