ダ ー リ ン & ヴ ァ ル キ リ ー
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01

 俺の機体の上に優雅に乗って、そのバルキリーは、微笑んでみせた。
「…大変だね。人間は。」

 開放型風防から、出した顔から、目を細めて、ゴーグルをあげる。

「人が天空を飛びたくなるのが、そんなに悪い事か?」
「…そんなこと言ってないでしょ!」

 手信号で、離れろ。

 傷ついた顔で、アテナンタは、機体から飛んだ。

 

2度、機体を叩いてやって、ゴーグルを下げた。

 機体の心臓が、尻の下で動いている。
天空が、丸い事を、空が青く、白い雲が浮いている事を確認する。

 

 冷たい、どこまでも冷たい空気を吸って、俺は幸せな気分になった。

空を己の意志で飛ぶ事が出来る者だけが、確信する、この気持ち。
 馬鹿な奴等め、幸せになりたいのなら、空にあがればよかろうに。

 

心臓が、呼吸口から火より熱い息を噴いてスロットルに反応した。
 一気に高音を立てて、機体が、横転する。

 

 俺がバルキリーなら、どんなによかったか。

 

 もっとも後悔は、もう10の時に済ませた。諦められなかったから、今の自分がいる。


02

 「出撃は、2日後、3時ちょうど。」

 ミーティングの言葉は、予想通りだった。普段、バルキリーが絶対に飛ばない夜間なら、数が少なくても、侵攻することが出来る。

 

誰かが、手をあげた。
「友軍のバルキリーだって目が悪いぞ。どうするんだ。」
「そのために人間がいる。フルークプレン(飛行円盤)で索を引き、誘導する。明朝5時1分の日の出を待って、ジャストで攻撃する。」
「…悪魔め、夜まで戦争するのか。」
「陸軍さんはずっと昔からやっているさ。」
 司令は、銀髪の王子は、笑って指揮棒を折った。

 

 低速の練習機を使う理由は、それだったか。
俺は納得した。世の中どうせそんなもの。


03

 革で出来た兜を小脇に抱いて、ブリーフィングルームを出る。

 一瞬だけ、頭が痛くなった。
見覚えのあるバルキリーが、陸兵さんに囲まれて困っている。

 大股で歩いて、二発ほど陸兵をなぐって、アテナンタの腕を取った。軽すぎて細すぎて、やわらかい腕。
 陸兵が反撃する前に、味方のパイロット達が友軍を救えと、走ってきた。

 ウインクされて、仲間と、すれ違うようにして、歩く。こりゃ一週間はおごりっぱなしだ。

 胸までしかないアテナンタは、ずっと前に死んだ、小さな妹のようだった。

「なんで…翼を持ってる奴が、地べたをはいずりまわってるんだ。」
「だって、ずるいじゃない。」
 首筋まで紅くしたアテナンタが、目を合わせないようにして言った。
「…ずるい?」
「そっちは、地上も空もいけるのに。こっちは、空だけ。」
「馬鹿。」
「馬鹿ってなんだ!」
 真っ正面からこちらを見上げたアテナンタを、立ち止まって見る。
無理に引っ張るのは簡単だったが、それでは彼女の腕が折れてしまう。
 空に適応した、それが代償。
「…」
「…」
 アテナンタは、うるんだ瞳を下げた。

 

 バルキリーは、子供すぎて、困る。好意も、嫌悪も、分かりやすすぎて、時々それが、無性につらかった。
 空を飛ぶのに大人の良識なんぞは要らないが。

「羽根は、大丈夫か。あいつらは最初に羽根を傷つける。」
 飛べないバルキリーは、ただのおもちゃだ。
陸兵のその言葉を聞いて、どれだけのパイロットが、大喧嘩したことか。

 アテナンタは、小さくうなずいた。
はじめて自分が。自分の常識が通じない場所にいることに気付いたようだった。

「もう地上に降りてくるな。ここは、飛べない人間が空を見上げる場所だ。」
「ずるい。」
「…お前のためだ。」
「…もっとずるい。」
「馬鹿。」
 俺は、つらくなった。
俺は空を飛ぶ分は子供だが、地上を這いずり回る分、大人でもあった。
 割合で言えば、地上を這いずり回るほうが多いに決まっている。

 アテナンタは、思いっきり真意を隠しているつもりで、ふてくされたように言った。
「アイアン・ジョーは、ずるい。都合のいいときだけ空に来る。都合が悪いと、私のところにこない。」
「…」
 手も握ってない…今握ったか…とにかく、そういう事は一度もしていない人間が言う事じゃない。
 だが、人間じゃないから、言える。

大体こいつらに作戦だとか飛行機の整備だとか、飛行の許可だなんて、分かるわけもない。

 だんだん気分が高ぶってきたのか、アテナンタは、肩を震わせながら大粒すぎる涙を落とした。
「…アイアン・ジョーは、ずるい。空を飛べるなら、ずっとアテナンタの近くに居るべきだ。」
 バルキリーと居ると、自分がプライマリスクールの学生になったような気分になる。大人には、つらすぎる。

「…涙を拭け。」
「触るな! 私のことなんかどうでもいいくせに!」

 ここで抱きしめたら、俺の人生は決まるな。
そう思った。 バルキリーに恋愛はない。あるのはそう、結婚だけ。離婚は死。

 いつのまにか、喧嘩が収まって、こちらをみんなが、見ている。
目の周りに丸いあざを作った陸兵が、ああ、泣かせたとつぶやいた。

 

 しばらく考えて、学生でもいいかと思った。

 

 空の上なら、大人である必要はなかったし、夫婦で戦争するのも、空でなら愉快なことだと、そう思ったのだった。

 

羽根を痛めないように、腰に手をまわす。
 アテナンタが息を呑むのを胸に感じて、出撃の前に役所に行こうと決心した。

 

アテナンタが、目をつぶった。

                        終わり。